打って、守って、恋して。

藤澤さんはいつものように左腕をぐるぐる回しながら打席へ入り、口元を隠すようにバットを構える。
相手ピッチャーの表情も気合十分。

えぐるような初球ストレートに、藤澤さんのバットが空を切った。

「はぁぁ、心臓が痛い……」

空振りなんて野球ではよくある光景なのだが、彼の一挙手一投足が私の心臓に負担をかけてくる。

二球目、高めのボール球をファウルにした藤澤さんは、打席を外して冷静な表情でベンチのサインを見ていた。


彼が打席に立つ時は、本当に一秒足りとも目が離せない。
その姿を目に焼きつけようと食い入るように前のめりになってしまう。


まだ初回の攻撃、一人目。
一人目だというのに、いつまで経っても打席が終わらない。

─────相手ピッチャーはもうすでに、藤澤さんに対して十七球も投げていた。

「おいおいおい、粘るなあ」

「すごいぞ、ノーボールツーストライクだったのにいつの間にかスリーボールツーストライクだ」


藤澤さんは、ひたすらファウルで粘っていた。

最初にツーストライクをとられ、その後もボール球には手を出さずにストライクゾーンへ来た球をファウルにし続けているのだ。

淡口さん曰く「打ちたい球が来ないのかな」ということだけど、このファウルで粘るという行為がどれほどすごいのかということを今の私ではそこまで理解できていない。

「ストレートを待ってるとするじゃないか。でも、ストライクくさい球が手元に来た。それがカーブやフォークだとしたら?見逃したらそのまま三振になる。ストレートと変化球では球速も違うからタイミングも合わない。三振してしまわないように、とりあえずストレート以外の球はファウルにしておくのさ。相手に合わせなきゃならないから大変なことなんだぞ」

優しい優しい父のような淡口さんが、私にも分かるように教えてくれた。
一人で十七球も投げさせるなんて、よっぽどなのだろう。しかもまだ一人目の打者。

テレビで見ていても分かるくらいに、相手ピッチャーはイライラしていた。
何度も何度も、キャッチャーのサインに首を振る。
ようやくお互いの意思が通じ合い、ピッチャーが投球体勢に入った。

さすがに十二、三球を超えたあたりから観客席もざわついている。

ピッチャーがワインドアップから十八球目を投げた。

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