打って、守って、恋して。
彼に相当する球数を投げた韓国の先発投手は、早々に五回で継投へ切り替えた。やはり、初回の十八球が響いたらしい。
『ちょっと肩で息をしているような印象です。どこを切り取っても気の抜けない打順ですから、当然その負担は栗原の右肩にかかってきますね』
実況も栗原さんの体力を心配している。
いいピッチングはしているけれど、それが崩れるのもこちらとしてはかなりきつい。勝利にこだわるのならば、日本も継投に変えた方がいいかもしれない。
回を追うごとに口数が少なくなっていく沙夜さんのことも、私としては気にかかっていた。
そうして迎えた八回表、ツーアウトランナー二塁という状況。
キャッチャーのサインにうなずいた栗原さんが、ランナーを目で牽制したあとセットポジションで投げた。
じつに百三十球目のことだった。
四番打者のフルスイングが、少しだけ高めに浮いたストレートを打ち抜いた。
事務所で見守っていた私たちは、その場で全員息を飲んだ。
無情にも実況がこと細かに説明してくれるのが嫌でも耳に入ってきた。
『打球は大きな孤を描いて伸びていきます!右中間へ伸びて伸びて……、フェンスを超えた!ホームラン!なんと、ここに来てツーランホームランが出てしまいました!!』
打球の行方を追うこともせずに、栗原さんが下を向いて唇を噛み締めているのが映される。
手応え抜群のホームランを放った打者は両手を上げて大喜びしながら駆け回り、呆然とホームベースのそばで佇む日本のキャッチャーの横を通り過ぎた。
力強くハイタッチをチームメイトと交わす韓国の選手たちの姿と、しんと静まり返って誰も言葉を交わさない日本の選手たち。
何が起こったのか、頭の整理がつかなかった。
「なんてこった。終盤でツーランはきつすぎる」
「また準優勝かなー、こりゃ」
諦めたようなセリフが事務所をいくつも飛び交い、それと同時にテレビの中の栗原さんの目から闘志の炎が消えたような気がした。
まだ騒がしい球場の中で、藤澤さんだけがマウンドに近づいて栗原さんの肩をポンと叩く。身長差があるので、藤澤さんは少し背伸びをしつつ何か話しかけていた。
厳しい表情だった栗原さんが、何度かうなずく。そしてなぜか最後に、ふと微笑んだ。
タイムがとられ、ベンチからは監督が出てくる。
マウンドの栗原さんと監督が言葉を交わし、リリーフを投入するか、このまま投げ切るのか尋ねられているような感じだ。
そして出した答えは……リリーフに交代。
栗原さんは吹っ切れたような顔でマウンドを降りた。
なんだか少し切なくなるような彼の顔を見てから、隣にいる沙夜さんを振り返ったら、なんと驚いたことに泣いていた。
「さ、沙夜さんっ!?」
「やばぁぁい!柑奈ちゃーーーん」
びぇぇぇとむせび泣く沙夜さんを、私だけじゃなくみんなが心配してティッシュやらハンカチやら各自ポケットから取り出し始める。
女性が泣いた時の男性陣の慌てっぷりといったらすごい。
「なんか、なんか、すっごい遠いね。私たちのいるところと、栗原くんたちのいるところ。遠くて遠くて、泣けてきちゃったーーー」
胸に突き刺さるようなその言葉に、私は何も返せなかった。