打って、守って、恋して。

九番、ラストバッター。
彼は今日、五打数三安打でかなり調子がいい。
それを踏まえて、いったんタイムをとったキャッチャーがピッチャーのいるマウンドへ駆け寄った。

二人はなにか相談しあい、互いに目を合わせてうなずきあっている。

それを見ていた淡口さんがまずいな、とつぶやいた。

「まずい?何がですか?」

「これたぶんこの九番バッター敬遠されるぞ」

「え!?ラストバッターなのに?」

「今日当たってるからな。次のバッターは藤澤だろ?今日はノーヒットだもん、そっちと勝負した方が確実に打ち取れる」

私は驚愕していた。
これまでの試合で三割を打って好調だった藤澤さんは、たしかに今日は打っていない。
だからといってこの状況で彼と勝負するというバッテリーや淡口さんの考えた方に頭が追いつけないでいた。

野球は打順がすべてではないのだ。

それがまだ私にはちゃんとよく分かっていないのかもしれない。


三安打を記録している彼を、迷うことなく敬遠したバッテリー。
キャッチャーは立ち上がって大きくバッターボックスから外れたところに立ち、そこへピッチャーがボールを投げる。

それをネクストバッターズサークルで見つめている藤澤さんの姿がちらりと映った。

この戦略を彼がなにを思いながら見ているのか、私には計り知れない。
悔しいと思っているか、それとも今日は当たっていないから仕方がないと思っているか、……絶対に打ってやろうと思っているか。

バシッという小気味いい音が響き、球審がフォアボールを宣告した。


組んでいた手に力を込める。
ツーアウト、一塁三塁。
ちょっとしたゴロを打ってしまったら、アウトで試合終了。
単発ヒットなら、一点だけ追いつく。

彼の得意な『繋ぐ打撃』というものがここでできたなら、少なからず日本は準優勝から優勝へ1歩近づける。
なんせ九回ウラ。
もう、両チーム共にこの場面で力を使い切るほかない。


念入りに左肩をぐるぐる回して、藤澤さんがバッターボックスへ向かう。

『日本はトップバッターに戻ってまいりました。藤澤が打席に入ります。……ここは大きな局面を迎えましたね』

『今日一日を通しての彼のバッティングは少し力んでいるような印象も受けましたが、この打席でどんなスィングをするかですね。どちらにせよ、プレッシャーはかかる場面です』

『韓国ベンチは勝利を確信して、もう飛び出す準備をしています!逆に日本ベンチは、祈っている選手が多いですね』

『ピッチャーの初球の入り方が楽しみですね。彼の定石ではストレートから入りますが、どうなるか』


テレビ放送の音声は、時々冷たい物言いをするな。
同じ日本人なのだから、応援する言葉くらい口にしたっていいのに!
……なんて考えてしまう私も、まだまだ甘いのかな。

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