打って、守って、恋して。
ピッチャーがセットポジションから藤澤さんへ一球目を投げる。
ストレートではなく、おそらくフォーク。ストレートのような軌道を描きながら、バッターの手元でぐんと落ちた。
それを彼のバットが空を切る。
「あぁーっ、タイミングぜんっぜん合ってねーな!」
後ろの方で嘆くような声が聞こえたものの、もう振り返ることもできないくらい私の気持ちには余裕がない。
仮に空振りせずにバットに当たったとしても、中途半端な当たりなら試合が終わってしまう。
そんな重圧を抱えながら藤澤さんがあのバッターボックスにいるのだと思うと、胸が詰まりそうになった。
二球目を、ピッチャーが投げた。
今度はスライダーだろうか、高速スライダーが藤澤さんの懐に滑り込む。
やや仰け反ってボールを避け、ボール判定。
ワンボール、ワンストライク。
このプレッシャーしかない戦況でも、彼はいつもの落ち着いた表情でバッターボックスに立っている。それがどれほどの精神力を要するのか。
バッテリー間で、なかなかサインが決まらない。三球目に何を投げるのかで揉めているらしいが、しばらく待ってやっと決まった。
藤澤さんが顔つきを変えてボールを待ち構える。
一球ごとにビリビリとテレビ越しに伝わってくる圧が、私の身体の周りをぐるりと取り囲んでいるような感覚になった。
三球目を、ピッチャーが投げた。
インコースに入ってきたボールが、真ん中より少し高めに浮き上がる。
藤澤さんのバットが動き、そのボールを下から当てるように打ち上がった。
当たりとしては軽めのスィングで、決して強振ではない。
むしろ片手のフォロースルーのスィングになっており、あまり力が入っていない振りだった。
打ち上がった打球が、するするとライト方向へ飛んでいく。
『打ち上げてしまった!ライトフライだ!ライトが打球を追ってバックしていく、バックしていくが……打球が……、あぁ!なんと!打球がフェンスを越えた!』
打球の行方を、この時の私は見ていなかった。
きつく目をつぶっていて、ただただ実況の言葉を聞いているしかできなかったのだ。
その実況の口ぶりが、打った瞬間と打球を追ってからではだいぶ違うことに気がついた。
打球がフェンスを越えた?
おそるおそる目を開けると、画面にはライトスタンドが沸き立つように盛り上がっているのが映っている。
何が起きたのか分かっていないように、マウンドで守護神と呼ばれていた韓国チームのピッチャーが唖然として立っていた。