打って、守って、恋して。
彼の気持ちと秋の空


ついに新聞に、藤澤さんが載った。
地元紙じゃなく、全国紙に。


『侍ジャパン悲願の金メダル獲得!逆転サヨナラスリーランで藤澤がヒーロー』

一面というわけではないが、スポーツ欄を開けば大きく取り上げられている。
見出しの大きな文字に「藤澤」という名前があるだけでもドキッとするのに、彼のインタビューまで載っている。

『(ホームランの手応えは)まったくありませんでした。フライになると思っていたのに、まさかフェンスを越えるとは驚きました。いまだに自分でも不思議です(藤澤・山館銀行)』

『“守備の職人”から“巧みな打者”へ。前評判を覆す打撃力』
『類まれなる才能開花、左利きセカンドは努力の人』
『今大会も守備で魅せた』
『文句なしMVP』


決勝九回ウラにホームランを打ち抜いた瞬間の写真と、直後にフェンスを越えて目を丸くしている顔がしっかり掲載されていた。


ますます遠い。遠くて、手が届かない。


「すっかり有名人だなぁ、藤澤旭!」

朝に買い漁った新聞を広げている私のそばに来て、楽しげに淡口さんが声をかけてくる。
でも、今の私にとっては突き刺さる言葉だ。

新聞には藤澤さんの高校時代の監督やご両親にも取材が及んでいるようで、談話がちらほら。
昨日までは新聞での扱いも小さかったというのに、これほどまでに金メダルというのは大きな影響を及ぼすのだ。

彼だっておそらく、昨日で人生が変わったと思うくらいたくさんの人から祝福を受けたんじゃないだろうか。


「で?帰国はいつなんだ?」

「知りません」

「えー、なんで!連絡は?取ってないのかい?」

五十を過ぎたおじさまに、恋する乙女の気持ちなんてきっと微塵も分かるはずがない。
取ってないですよ、とぼそりとつぶやくかどうかのあたりに、遮るように沙夜さんが答えてくれた。

「帰国は明日みたいですよ。今日は取材とか会見があって、忙しいらしくて」

「ほぉー!それは栗原情報?」

「そうです」

「やるなぁ、沙夜ちゃん」

昭和のにおいがプンプンするような肘でうりうりと小突く振りをした淡口さんは、上機嫌で私の机に積み重なっている新聞を手に取って眺めている。

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