打って、守って、恋して。
藤澤さんの携帯が壊れていたということを知ったのは、それからしばらくしてからのことだった。
私が(というか沙夜さんが勝手に)送りつけたあのメッセージに対して、数日間なんの返信もなかった。
さすがに心が折れて家でめそめそしていたら、突然なんの前触れもなく藤澤さんから電話が来て驚いたのだった。
「決勝の直前にスタッフルームで携帯を落としてしまって。……で、画面がバッキバキに割れて、使いものにならなかったです」
「今はもう新しくなったんですね」
「帰国して三日四日は東京にいたんですが、なかなか自由に動き回る時間がなくて。昨日やっと携帯ショップに行って、交換してもらいました」
初めて一緒に飲んだ時と同じ居酒屋で、私と藤澤さんは向かい合わせに座っていた。
とても得意げに彼が携帯を渡してきたので、手に取ってまじまじと見つめるとなんだか変わったケースに入っていることに気がつく。
携帯を裏返したり戻したりして眺めていると、彼はふっと微笑んだ。
「ネットで、絶対割れないスマホケースというのを見つけたので買ってみました。これでもう割れないはずです」
「そんなのあるんですね!高そう」
「わりと想定内でしたよ」
なんて普通の会話だろうか。信じられない。
私の目の前にいる人は、約十日前には中国にいて、そして侍ジャパンとして社会人の日本代表で試合をしていたのだ。決勝打となる逆転サヨナラスリーランを放ったその人だというのに。
まったく飾ることなく奢ることなく、最後に会った時と変わらずに振舞っている。
「携帯が壊れてたってことは……その……私が送ったやつも見れてないんですね?」
「え?何か送ってくれてました?」
ハートマークつきのメッセージを掘り起こしてはならないという警鐘が頭の中で鳴るので、不思議そうな藤澤さんにぶんぶんと力強く首を振って見せた。
「いえ!なんの変哲もない普通の文面です!お気にならさず!」
十日前の新聞やテレビを、彼はたぶん見ていないだろう。
連日取り沙汰されたとかそういうことではないが、一応全国ニュースでも藤澤さんの顔と名前は流れていたし、ネットや新聞にも彼の活躍はしっかり載っていた。
会った瞬間に「金メダルおめでとうございます!」とは伝えたものの、詳しく試合の話をしたわけではない。
なんとなく、野球の話に流れを持っていくことがいいのかどうかも迷い始めているところだった。
以前はあんなに根掘り葉掘り聞いていたというのに。