打って、守って、恋して。
「帰国してから、道端で声かけられたりしませんか?」
思い切って、野球とはちょっと外れたことを尋ねてみた。
その時、藤澤さんはちょうどビールを口に運んでいたところだったのだが、私の質問の意味を理解しかねたようで、眉を寄せていた。
そしてグラスをテーブルに置くと、どういうことですかと首をかしげた。
「声かけられるって、俺が?」
「はい。だって、アジア競技大会で十数年ぶりに金メダル獲得したじゃないですか!藤澤さんはその立役者ですよね?」
「決勝ではそうかもしれないけど、大会を通して見たら他にも活躍した人はたくさんいましたよ。それに前に栗原も言ってたけど、ユニフォームを着ていなければ誰も気づきません。試合もBS放送でしかやらなかったみたいですし」
てっきり彼はもう有名人になったのかと思っていた。
拍子抜けして目を瞬かせていると、藤澤さんは自身の顔を左手でぺたぺたと触って苦笑いした。
「俺の顔はこれといった特徴もありませんから、今までもこれからも変わりません」
「そんなことないですよ!」
たぶん、私なら見つけられる……とは大声では言えないが。
今の私なら、藤澤さんがユニフォームを着ていたらすぐに見つけることができそうだ。
後ろから見る立ち姿とか、彼の仕草とか、いちいちこと細かに覚えているのだから。