打って、守って、恋して。
居酒屋を出て、どこへ行こうと話すこともなくなんとなく駅の方角へ歩みを進める。
適度な距離をあけながら多くの人が行き交う交差点を抜けて、もうすっかり涼しくなって冷えてきた空を見上げた。
秋が来るのはあっという間だ。そして二ヶ月後には雪がチラついているに違いない。
夏のはじまりに彼のことを知って、野球に熱中した数ヶ月間は一瞬で通り過ぎていったみたいな体感速度だ。
「石森さん、もう帰りますか?」
ふと話しかけられて、言葉を発するよりも先に少し驚いた目を彼に向ける。
藤澤さんは歩きながら、もしよかったら、と続けた。
「前に言ってた村尾か魔王でも飲みに行きませんか?……お望みなら、パフェでもいいですよ」
パフェのあたりには、彼はもう私からは目をそらしていた。
その仕草だけで、胸がいっぱいになる。
行きたい。焼酎でもパフェでもラーメンでも、なんでもいいから行きたい。
でも、でも。
「今日じゃない日でもいいですか?」
本当はこんなことは言いたくなかったのに、口にしてから後悔しても遅いのに、言ってしまった。
彼が何か言いかけたところで、たまたま正面から来た十数人の大学生くらいの集団に飲み込まれる。集団といってもバラバラに歩いていて、彼らを避けようとしたが避けきれず、間を縫うように歩いていたら藤澤さんを見失ってしまったのだ。
隣にいた藤澤さんが突然見えなくなって、私は周りの人混みに紛れてしまった。
なんてタイミングで!と慌てて走ろうとしたら、運動音痴が発揮されて転びそうになる。小さな悲鳴を上げた時、通り過ぎる人々の中からはっきりと一人の手が伸びてきて、私の手をとった。
「ごめんね」
という短い言葉だけ、聞こえた。
手を取ってくれたのは、藤澤さんだった。
とてもやんわりとつかまれたその手は私たちが再び隣同士になった瞬間に離され、温もりも感触も何も残らなかった。