打って、守って、恋して。
彼の素直な気持ちなんだというのは、すぐに分かった。
きっと旭くんにとって栗原さんは、人懐っこい後輩で、切磋琢磨してきたチームメイトで、頼りになるエースピッチャーで、飲み仲間で、良きライバルだ。
彼がいなくなるのは、“寂しい”が一番。
「野球選手にとって、彼女や奥さんってどんな存在なんだろう。試合中は考える隙もないよね」
別に旭くんに聞いたわけではなく、沙夜さんに断られた栗原さんのことを思っての発言だった。
色々な事情が重なって好きな人に断られて、でも夢だったプロ野球にはおそらく行けることになるであろう栗原さん。彼にとってはプロ入りは人生において重大な一歩であるにも関わらず、傍らには愛する人はいない。
それを思うと切なくなる。
バスに乗ってここへ来た時に見た外の景色は、いま旭くんの車に乗って同じ景色のはず。だけど、こうも違うのはなぜだろう。妙にあたたかくて、どこか安心する。
「結果を出せても出せなくても、帰れる場所があるって幸せなことだよ。たしかに試合中は考えられなくても、根底にあるんじゃないかな、この人のために頑張ろうって」
暗くなった道路を走る車の中で、前の車のテールランプに照らされて旭くんの表情がよく見えた。
信号待ちの最中でも、彼は前を向いていた。
その横顔に、今度は旭くんに問いかける。
「……私でも、支えになれる?」
「─────もうなってる」
「できることなんて何もないけど…」
「いてくれるだけでいい」
幸せを追い求めたらキリがない。
だけど今、私は自信を持って言える。幸せだと。
「……今日、旭くんの家でご飯作ってもいい?」
まだ離れたくないから、言い訳を探して苦し紛れに持ち出した私。
信号は、まだ赤。
「いいよ」
「じゃあ途中でスーパーに寄ってくれる?」
「その代わり」
ふっと視界が見えなくなって、キスをされた。
「たぶん帰せないから、泊まる準備もして」
かたまって動けない私から離れた旭くんが、いつの間か青になった信号にならって車を発進させる。
はい、という返事は彼に聞こえたかどうかは定かではなかった。