打って、守って、恋して。
「顔の横でグローブを構えて。手のひらを俺の方に向けてね」
そう言った彼が軽快な足取りで私から離れていく。言われた通りの姿勢はとったものの、嫌な予感がして思わず呼び止める。
「ちょっと待って!」
「なに?」
「無理だよ!初めてなんだよ?とれるわけないよ!」
「動かないで、そのまま」
けっこう離れたところに立った旭くんは、指先で小学生たちが使っているような黄色のゴムボールをポンポンと弾くように遊ぶと、投げる構えを見せた。
「わああっ、無理!」
「柑奈、そのまま」
ひい!と悲鳴を上げて顔の横にグローブを置く。
すとん、とその左手にゴムボールが投げ込まれた。
「─────え…」
ぽかんとしていると、旭くんが手招きする。ボールを投げて、と。
えいやっとボールを投げ返したら、そのボールは見事にあさっての方向へ飛んでいき、ついでに弾みで私もすっ転んだ。
ほら、運動音痴にこんなことさせるから!
大爆笑している旭くんの後ろで、例の小学生たちも笑っている。
「……もうやだ〜!」
「ほら、構えて構えて」
「やだって言ってるのにー!」
見当違いの場所へ落ちたボールを拾った旭くんは、続けてまた私へ向かって投げてくる。
反射的にぎゅっと目をつむり、グローブだけ顔の横で構えていたらまたそこへすっぽりボールが投げ込まれた。
何度か繰り返しているうちに、気がつく。
この彼からのボールは、寸分も狂いのない見事なコントロールで投げ込まれているのだと。
それに気づいてからは、楽しくなってきて顔の横ではなく身体の前で構えたり、腰のあたりで構えたり、色々変えてみた。
私が動かなければ、間違いなくそこへ投げ込まれてくる。
……これはすごい。
相変わらず投げ返す私のボールはへなちょこそのものではあったが。