打って、守って、恋して。
意外な話に少し驚いて動きを止めたら、彼はボールをよこせとグローブを何度か左手で軽くトントンと叩いた。
力の弱いボールを投げたら、ゴロをとるように拾ってくれた。
「やっぱりネックは左利きってところだったみたい。いるいらないで揉めて保留になったって。結局、ドラフト当日あの瞬間に、監督が二巡目で行くって言い出したんだって」
「認めてもらえたんだね」
「それをちゃんと証明しないと意味がない」
証明は……できるんだろうな。
そこだけは自信を持って私でも言える。彼の守備は他の誰にもない魅力があると。
「……来月から、球団の寮に入るよ」
おもむろに切り出した彼の言葉で、私は顔の横で構えていたグローブをゆっくりと下ろした。彼の言葉は、少し、いやかなりショックだったからだ。
ゴムボールは私の顔の横を通過し、トントントン…と芝生に転がっていった。
下を向いていたら、視界に彼のスニーカーが映り込む。そっと、ゆっくり近づいてくるのがよく見えた。
「やっぱり、連れていってはくれないんだね」
「……ごめん」
「私じゃ頼りにならない?」
「違うよ」
即座に否定してくれたけど、その優しさがつらい。
こらえようとしたのに、涙がこぼれてしまった。
私の頬に彼の手が触れ、涙を拭ってくれた。
「プロは甘くない。毎年百人近くやめていく。一軍で活躍できる選手はほんのひと握り」
うなずくたびにぽろりと涙がこぼれ、そのつど彼が拭う。
「プロ野球選手の平均引退年齢、知ってる?」
首を横に振ると、彼は「二十九歳だよ」と教えてくれた。
「俺は、その平均まであと三年しかない。もちろん長くやっていきたいという気持ちだけはあるけど、保証はどこにもない。弱気になってるとかそういうことじゃなくて、現実がそうだから」