打って、守って、恋して。
『あぁっ!藤澤へデッドボールです!これは相当痛そうです、大丈夫でしょうか!?』
実況の切羽詰まったような声は、どこか遠くで聞こえるような気がした。
ただ呆然と画面を見ているしかできない。
バタバタとベンチから選手が出てきて、なにか旭くんに声をかけている。
ボールが当たったふくらはぎを手で押さえながら、受け答えしているようだった。だがその顔はかなりつらそう。
そんな顔を見るのは、初めてだった。
「うーん、こりゃあ交代かもな」
淡口さんの思わぬ言葉に、驚いてあからさまに残念がるように「ええっ!」と声を上げてしまった。
「だってほら、歩くこともままならないぞ?プロ入りが控えてる選手を無理させて、後々その怪我が響いて大変なことになっても困るだろ?」
たしかに言う通り、アイシングスプレーを何度も患部にかけてもらっているようだが効果はあまりないのか、旭くんの歩き方はどう見てもまずいやつだ。
仲間に支えられるようにして一塁へ歩いていく。
また仲間になにかを言われている。
旭くんは静かに首を横に振っていた。
『これは─────このまま塁に残るということでしょうかね?』
『本人はそのつもりのようですね』
実況や解説も心配そうに話している。
無理、しないで。
聞こえるわけがないのは分かっているけれど、心の中で何度もそう話しかけた。
さっきから試合は中断したままで、まだ旭くんは一塁ベースの上で仲間からの言葉を受け続けている。
さすがに実況もそれに気がついたようだ。
『あぁ、チームメイトに何度かなにか言われているようなんですが、藤澤は断固として首を振っていますね。これは……』
『おそらく交代したらどうかと言われているのではないでしょうか。それを藤澤くんが拒否しているように見えます』
『我々から見てもちょっと痛々しいデッドボールでしたから、心配ですね』
『無理をして走ると太腿にも支障が出る箇所ですよ。もう少し粘って説得した方がいいかもしれませんよ』
「交代、したくないんだ…」
ポツリとつぶやいて、彼の気持ちを考える。
何度も何度も、嫌だと首を振り続ける旭くんの姿がずっと画面に映り続けている。
胸が痛くなった。
ついにはベンチから監督が出てきた。
ゆっくりとした足取りで一塁ベースへ歩み寄り、旭くんの肩をポンと叩く。
数十秒ほどの会話を交わし、監督が主審へ交代のジェスチャーをとった。
旭くんは下を向いて監督の後ろをついて、ベンチへ下がった。
『さあ、走者交代となり試合再開です。藤澤はベンチへ下がりました!』
『山館銀行は痛い交代になりましたね。彼の守備がないのは大きいです』
『藤澤はベンチでアイシングをしているようですが……、これは悔し涙でしょうか』
カメラというものはどこにでもあるようで。
ベンチに座る旭くんがアイシングをしながらしきりに目のあたりを拭う姿を、しっかりと捉えていた。
……最後の試合だったのにね、悔しいよね。
こんな形で彼の涙を見ることになるなんて、思ってもみなかった。