打って、守って、恋して。
試合は二対二の同点。
現在五回の表。相手チームの攻撃中で、ワンアウト一塁というところだった。
すると、今まであまり気にしていなかったのだが隣の席の若い女性が少し大きめに声を張り上げた。
「頑張れー!160キロのストレートで勝負だ!」
「……そんなスピード出ないよ、あのピッチャー」
とても冷静に彼女を諭している様子の男性の声。
チラリと見ると、同年代に近いような恋人同士か、はたまた夫婦か、男女が座っていた。
私の隣にいる女性は目がくりっとしていて可愛らしく、髪の毛もパーマをかけていてまさにゆるふわ。カラーリングのせいで少しだけ毛先が傷んでいる髪の毛に、なんとなく親近感がわいた。
男性は細いフレームのメガネをかけており、少し重めのヘアスタイルながらもこざっぱりしていた。これだけ暑いのに、とても涼しい顔をしている。
小動物のような目をした彼女は間髪入れずに言い直す。
「じゃあ157キロでいいよ!」
「MAX141とか2だよ」
「あ、すみませーん! ビールふたつー!」
どうやら男性の方は選手のこともきちんと把握しているらしい。ピッチャーのMAXの球速をすぐに言えるあたり、詳しいのは明白である。
しかし面白いのは、彼の話を彼女がまったく聞いていないところだ。
私は人知れずプッと吹き出してしまった。
ふとそこで、鈍い打球音が聞こえてグラウンドに視線を戻す。
相手バッターが放った打球が、ちょうど旭くんのところへバウンドしながら飛んでいくのが見えた。
素早い身のこなしで打球をとった彼は、一切躊躇うことなく二塁ベースで待つショートへ送球、アウト。続いてボールはリズミカルに一塁へ送られた。アウト。
あっさりダブルプレーをもぎとってスリーアウトにし、相手チームの攻撃は終わった。
絶対に絶対にこちらを見ていないのは分かっているけれど、駆け足で一塁側ベンチへ戻ってくる旭くんにぶんぶんと手を振っておいた。自己満足。
旭くんのチームに攻撃が移るため、少しだけ時間が空く。
私はまたビールをこくんとひと口飲んだ。さっき頼んだばかりなのに、もうぬるくなっている。
隣では今しがた注がれた冷たいビールを喉を鳴らしながら飲んでいて、思わず羨ましくなる。