打って、守って、恋して。

「だったら…」と、いきなり立ち上がってすうっと息を吸い込んだ彼女は、最初に印象を抱いた小動物のような…というのは嘘のような、大きな声を出して野次った。

「あんたの年俸削って、竜王戦の対局料上げてーーー!!」


びっくりして目を丸くしたのは、私だけではない。
周りの人たちも振り返ってこちらを見ている。
今のは断じて私ではありませんよ、と慌てて目をそらしてビールを飲んだ。

彼は彼でもはや彼女のことは放置している。

りゅうおうせんのたいきょくりょう、が何を意味するのか、私にはまったく分からなかったので突っ込むこともできなかった。


不運な打球のためにエラーがついてしまったイケメンショートが帽子取って汗を拭う。
このひとつひとつの仕草にやられている女性ファンは数知れないのだろうが、私はというとそろそろ旭くんが素振りでも始めるのではないかとソワソワし始めていた。

そんなソワソワをへし折るように、帽子を取ったイケメンショートを見つめて彼女がつぶやく。

「あ、帽子取った! ハゲてるかな……うーん、見えない」


なぜにそんなにハゲを気にするのか、その理由を聞くわけにもいかず。
ただ二人の会話に聞き耳を立てながら試合に目を向け続けていた。

……が、しかし。
個性の強い彼女は、それで終わるわけがなかった。


続いてバッターボックスに入った五番バッターに対し、よく通る声で応援し始めたのだ。

「がんばれー! ホームラン打てー!」

ここは内野席。
あまり大きな声で応援している人はおらず、彼女はとても目立っていた。
一瞬、隣の彼が何かを言いかけたがやめたのが見えた。

応援むなしく五番バッターはセカンドゴロに終わったが、いいところに転がったので一塁ランナーは二塁へ進塁した。
ワンアウト二塁。

次に六番バッターが出てくると、また彼女はメガホンをガンガン鳴らして声を上げた。

「がんばれー! ホームラン打てー!」

……もしかして、全員に「ホームラン打てー!」って言うのかな?
もうチラチラとかではなく、思いっきり隣をガン見してしまった。

六番バッターは空振り三振。
ツーアウト二塁になった。

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