打って、守って、恋して。
テレビでしか見たことのないドーム球場に、ちょっと興奮して双眼鏡から目を離す。
地元にもドームはあるけれど、東京ドームと言ったらなんだか特別感がある。
「勝ったらの話よ?負けたら行けないんだから」
彼女はいまだに双眼鏡をのぞいたまま、冷静に私をたしなめる。たしかに言う通り、負ければその時点で敗退になるのだろうから、東京ドームになど行く意味はない。
当然、凛子に対する私の答えは決まっていた。
「行くよ、こうなったら、もう」
「やったー!」
やっと双眼鏡を外した凛子がいきなり抱きついてくる。
頬ずりまでして喜びを表現した彼女は、パッと明るい笑顔で飛び跳ねた。
「まさか柑奈がここまで野球を好きになってくれるなんてー!嬉しい!いっつも一人で遠征してたんだもーん、寂しかったよー!」
「勝ったら、でしょ?」
「勝つよ。七年連続で出てるんだよ。逆転するに決まってる」
凛子が自信満々に言い放った瞬間、打球音が聞こえて歓声が私たちを包む。
ファウルで粘っていた九番バッターが、右中間のフェンス直撃のツーベースヒットを打ったところだった。
「お!チャンス来た!ここは逆転しておきたい!」
ぎゅっと両手を合わせて祈るような凛子にうなずき、私もメガホンを握る手に力を込めた。
ツーアウトということもあり相手チームの次の一番打者への判断は、四球。こうして一塁を埋めることで、ゴロを打たれてもフォースアウトで一塁でアウトにしやすい。
フォースアウトとタッチアウトの違いは、すでに勉強済みである。こういった状況の場合、タッチアウトの方がリスクが高いことを凛子に教えてもらっていた。
『二番、セカンド、藤澤』
場内アナウンスで藤澤さんの名前が呼ばれ、バットを持った左腕をぐるぐる回しながら彼がバッターボックスへ入る。
……なんか、緊張してきた。
今日の彼は当たっていない。
四球ひとつに、他は凡フライや内野ゴロばかり。
彼は打撃にはあまり期待できない、と最初に話していた凛子の言葉を思い出していた。