打って、守って、恋して。
「なんとか打ってくれないかな……」
思わずぽろりとつぶやいた本音を、凛子が聞き逃すはずがない。
「もうすっかり藤澤職人のファンだねえ」
「い、いや、間違ってはいないけど、東京ドームに行きたいの!」
試合の方は初球こそボールだったが、その後たて続けにストライクを二つ取られ、相手バッテリーに有利になってしまった。
「あーあ!今の球甘かったのになあ〜!」
前の方にいる私たちより少し年上の女性たちが地団駄を踏むように悔しがっている。
まだまだ知識が浅い私からすると、こんな遠くからでは球種はおろかストライクやボールの違いも怪しい。
目が肥えた野球ファンとは、話についていけなくてお近づきになれないかも。
ここで、相手ピッチャーがタイムをとりキャッチャーと何かを話し込んでいる。
グローブで口元を隠しながら話している様子を、藤澤さんは落ち着いた様子でバットを素振りしながら眺めているようだ。
銀行の窓口に行ったら、また彼はいるのかな。
笑って話してくれるのかな。
もしかして私みたいな、ミーハーなファンは嫌い?
ヘルメットをいったん脱いで、汗を拭う彼の顔は相変わらず無表情。
何を考えているのか、謎だ。
タイムが終わり、ピッチャーが投球体勢に入った。
藤澤さんはバットを構えて、じっとボールを待っている。彼の顔は、彼自身の左腕に阻まれて半分見えなくなっていた。
カーン!という小気味いい音が球場に響いた。
白いボールは弧を描いてピッチャーのすぐ上へ浮かんで、投げ終えたピッチャーが即座に反応したもののそのグローブを弾いた。
勢いのよかったボールは速度をなくしてコロコロとセンターへ転がっていく。
その瞬間、すごい歓声。