打って、守って、恋して。


私のキャッシュカードをあらゆる角度から観察して調べている目の前の人は、どこにでもいそうな普通の二十代の男性という感じ。
これといって目立つ特徴はない。

身長だってカウンター越しだけど、とても高いわけではなさそうだ。おそらくごく一般男性の平均身長程度だろう。

ただ、右手にものすごいマメを作ってる人ってだけ。

特徴がマメとか、なんか面白いな。
と、失礼なことを考えているうちに、しばらくお待ちくださいと言い残して彼は席を外してしまった。


どのくらい待ったか、たぶんそんなに待ってはいないのだが急ぎ足で戻ってきた彼が、探るように私の表情をうかがう。

「先ほどのキャッシュカードですが、やはり磁気不良のようです。再発行のお手続きをとりますか?」

「お願いします。でも、時間ってけっこうかかります?私、お昼休みを抜けてきているのであまり余裕がなくて…」

彼は腕時計に視線を落とし、少し考えてから顔を上げた。

「お昼休みは何時までですか?」

「十三時までです」

「間に合わせます。当行ではカードの即日発行が可能ですので、なんとか三十分弱でお呼びできるようにします。……今夜、ご予定がおありなんでしょう?」

柔らかい口調で、お客様に寄り添う対応。これはなかなかいい。素敵だ。
しかも、カードが即日発行してもらえるのはかなりありがたい。

私は素直にうなずいた。

「……無理言ってしまってすみません」

ふわりと彼が微笑む。

「そんなことありません。お手続きしますので、運転免許証などの身分証明書と、この口座の印鑑はお持ちですか?」

「あります!」


普段は印鑑なんて持ち歩かないのだけれど、今日は偶然にも経理部の人に言われて通帳用の印鑑を持っていたのだ。
お給料に関しての不手際があり、印鑑が必要になったと。
ある意味、ミスしてくれた経理部に感謝かもしれない。


「ではお預かり致します。今から……そうですね、二十分後にはご用意できるかと思います」

手早く手元で免許証のコピーや印鑑の照合をしながら、彼は慣れた様子で私に丁寧に説明を続ける。
それでも私が気になるのは、やはり彼のマメだらけの右手。

照合を終えた免許証と印鑑を私の前にコトリと置いた彼が、少しだけ身を屈めて例の右手を口元に寄せる。
何か話したいことがあるのだと察した私も同じように屈むと、

「もしよかったら、近くで何か軽く食べてきてください。まだお昼ご飯、食べてらっしゃらないでしょう」

と空いている片方の手で自身のお腹をさするような仕草を見せた。

これには心底驚いた。
相手に配慮できる人だというのはこの短い時間でも見て取れたが、ここまでとは思わなかったからだ。


「戻ってきたら、藤澤の名前を出してください。出てきますから」

「なにからなにまで、ありがとうございます」

できた人だなぁ、とついついその爽やかな笑顔にちょっとだけ胸が弾んだ。


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