打って、守って、恋して。


それから数十分後、コンビニで買ったおにぎりを瞬時に胃にかきこんだ私は銀行に舞い戻ったのだが、さっきの『藤澤さん』は窓口にはいなかった。
─────もしかして、彼もお昼休みになったのかな?それで、自分の名前を出してって言ったのか…。

申し訳ない気持ちになりながら、お客さんの対応をしていない融資の席に座っているベテラン風の男性行員に「藤澤さんをお願いします」と声をかけた。

声をかけられた方は、えっ、と少しびっくりしたような顔をしたものの、奥へと消えていった。


ちょっと予定よりも早く声がけしてしまっただろうかと不安になっていると、私が声をかけた男性行員と一緒に藤澤さんがこちらへ向かってくるのが見えてホッとする。と同時に違和感。
ハッキリその彼の姿を見た私は、声も出せずにただただ目を丸くしてしまった。

数十分前まではきっちりとスーツに身を包んでいたはずなのに、今はなぜか黒いTシャツと白くて動きやすそうなボトムを履いている。

いかにもこれから「運動してきまーす!」みたいな。
もしかして、お昼休みに趣味で走ってる……とか?


「お待たせしてしまって、申し訳ありません」

そのラフな格好でそんな丁寧な言葉遣いをされましても、という気持ちでスポーティーな藤澤さんを見上げる。
軽く行内の注目を浴びつつ、彼は新しくできあがったらしいキャッシュカードを私にくれた。

「会社に戻るのは間に合いそうですか?」

「大丈夫そうです。本当に助かりました」

「それはよかったです」


満足そうに笑う彼にいま一度お礼を、と口を開きかけたら、それより先に融資のベテラン風の行員さんが彼に声をかける。

「おい、フジ。大丈夫か?もう練習行かないと。間に合わないぞ」

「あっ、ほんとだ、時間ヤバいですね」

練習って、なんの?
部外者の私が思ったところで、口にはできない。


彼は私に向き直ると、ちょっと焦った様子でぺこりと頭を下げ、

「ご利用ありがとうございました!」

と言って、足早に奥に引っ込んで見えなくなってしまった。


出来たてほやほやであろうキャッシュカードを両手で包ながら、正味たったの一時間弱でここまで興味を引かせる藤澤さんは、すごい人だなと密かに思った。

さらりと窓口業務をこなし、丁寧で優しい対応、だけど手にいくつもマメを作り、お昼をまたいだらいきなり服装が変わっていた。


藤澤旭さんって、何者なんだろう?









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