打って、守って、恋して。
面倒くさそうに顔を歪めた凛子は、テーブルに広げられているお皿の中から脂の乗った美味しそうなマグロを箸でつまみ上げ、かったるい口調で話し出した。
「チーム内での藤澤のあだ名よ。彼はとにかく抜群に守備がうまい。完全に抜けたなって思う球をこう、すいっと危なげなくとって、無表情でさらっと一塁に返しちゃうの。たぶん公式戦ではここ二年エラーなしじゃないかなぁ」
「よく分かんないけど、すごいのね?」
正直、野球のルールはさっぱり分からない。
ピッチャーとキャッチャーという単語くらいは知っているものの、それ以上の知識はない。
そういえば昨年から凛子は社会人野球にハマっていて、なんだか会うたびにあの人がかっこいいとか、この人のこれがすごいプレーだったとか、そういうことを話していたのは記憶している。
彼女の応援しているチームが、藤澤さんのいる山館銀行(通称やまぎん)だとは思いもしなかった。というか、たぶん私のことだから、興味を持たずに適当に相槌をうっていたんだろう。
「そんなに守備がすごいなら、プロに行けるんじゃないの?……あ、でも無理か、野球選手にしては藤澤さんって小さめだよね?」
聞いておいてあれだけど、あくまでも私のイメージとしてプロ野球選手ってすごく身長が高くて、筋肉質でガタイがよくて、ついでにノリもよくて(珍プレー好プレーみたいなやつでやってた)、時々乱闘を起こすような、そんな単純なものしかない。
ふんわりとした知識で話していることなど親友にはお見通しなので、凛子はビールをぐいっとあおったあとオッサンのように袖で口元を拭った。
「野球の“や”の字も知らない柑奈に、一から説明する気になれないんだけどどうしたらいい?」
「どうかかいつまんでお願いします!」
せっかく少し興味を持ったんだから、教えてくれたっていいじゃない的なスタンスで手を合わせると、仕方ないわねと凛子はマスカラたっぷりの目をぱちぱちと瞬かせてうなずいた。
「……ま、いっか。その代わり今度のやまぎんの試合、一緒に応援しに行ってよね。柑奈も惚れるはずよ、栗原に!」
「え?栗原さん?藤澤さんじゃなくて?」
「栗原は、やまぎんのエースピッチャー!来週の土曜日に登板予定なの。超ーーーイケメンなんだから!背も高いし、スタイルいいし、ファンサービスもいいし、言うことなし!」
なるほど凛子が栗原さんという人の大ファンなのは理解した。よっぽど素敵な選手なのはうかがえたし、彼女がさっきから銀行にイケメンがいなかったかと気にしていたのも、栗原さんのことだろう。
そんなにイケメンならば女性人気もすごそう。