打って、守って、恋して。

私の不満たっぷりな声が上がった瞬間、『二番、セカンド、藤澤』のアナウンス。

ノーアウト満塁。
こんな場面だっていうのに、ショートに声をかけられた相手チームのピッチャーがなにやらヘラヘラと笑っている。許せない!


「さて、どう攻略するかね。あのピッチャー。最低でも犠牲フライで一点はほしいけど……。強めに振って外野狙いそうだな」

分析を始めている凛子の言葉は、私の耳にはまったく入らない。
どうにかして、打って、繋いで。
あわよくば、ホームランだって……。

こちらから見る限りでは落ち着いているような様子の藤澤さんが、左腕をぐるぐる回してバッターボックスへ入る。


「ぜっっったい打ってほしい!!」

「うわ、柑奈が怒ってるぅ」

「そりゃ怒るよ!」

普段怒ることなんてない私がスポーツ観戦では人格が変わることを実感した瞬間だった。


藤澤さんへの一球目は、ストライク。

振る素振りも見せずに見送った彼は、何度か肩を上げ下げして息を吐いていた。
バットをくるりと回して再び構える。

ピッチャーもセットアップポジションから投球モーションへ。
二球目、またストライク。


「えーーなんで見逃すの!?ストライクは振らないと〜!」

なんちゃって酔っ払いの凛子が地団駄を踏む。
いよいよ私は見ていられなくなって、視線を逸らした。だけど、ちゃんと見なきゃ意味がないことに気がついて、手は組んだまま打席に立つ藤澤さんを一心に見つめた。

どんな結果になっても、彼のあとには強力なクリーンナップがいる。彼らに回ればまだチャンスはある。

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