打って、守って、恋して。
三球目、ボール。四球目も、ボール。
カウントはツーボール、ツーストライク。
まだどちらかというとバッテリーに有利なカウントと言える。
次の球がどうなるか。
ドーム全体が息を飲んだ。
ピッチャーが五球目を投じた瞬間、動いたのは藤澤さんだけでなく、ランナーで出ている三人全員だった。
三人が息を揃えたように次の塁へと駆け出したのだ。
藤澤さんは普通に構えていた身体をぐんと低く屈ませ、バットを顔の近くまで引き寄せた。それは本当に瞬間的で、誰もが「あっ」と思ったことだろう。
ピッチャーから放たれたボールは、速いスピードでキャッチャーのミットへ投げ込まれようとしていたけれど、そこへ狙いを定めた藤澤さんのバットがついと現れた。
軽くバットに当てたように見えるその振りで、ボールは勢いが殺され、緩い速度で三塁線へ転がる。
バットとボールが当たったかどうかくらいのタイミングで、藤澤さんはもう一塁ベースへ猛スピードで走り出していた。
三塁線と平行にゆっくり転がっていくボールに、三塁手とピッチャーが飛びつく。
ピッチャーより先に三塁手がボールを拾ったものの、タイミング的にホームに投げてもタッチプレーでランナーをアウトにできるかギリギリ微妙なところ。
確実にフォースプレーでアウトをとろうと三塁手が一塁ベースへ目を向けるも、すでにそこには藤澤さんが到達していた。
ホームに滑り込んだ三塁ランナーが、大きなガッツポーズをして仲間とハイタッチした。
途端にドームが歓声に包まれた。
「やったあ!!すごーい!セーフティスクイズ!!」
ぼんやりしていた私を無理やり引き寄せた凛子が、ぎゅーっと抱きしめてくる。
遅れてやってきた喜びがやっと私の笑顔に変わったあたりで、ほしかった一点がようやく手に入ったのだと実感した。
電光掲示板には「H」のヒットを意味する文字。内野安打だ。