打って、守って、恋して。
コンビニで買ったらしいサンドイッチを頬張っている翔くんが、淡口さんが読んでいる新聞を隣からのぞき込んで目を細める。
「この中からプロに行く人とかいるんすかねぇ」
「スカウトマンは見に来てたよ。栗原さんが注目されてるっていうのは友達が言ってたから」
「エースピッチャーでイケメンでプロにも目をつけられて……バラ色の人生約束されたようなもんっすね」
チッと舌打ちしてまるで他人の幸せが腹立たしいかのように口をとがらせる翔くんは、どうやらまだ別れた彼女に未練タラタラらしい。
イケメンに対して卑屈になっているあたり、吹っ切れていないのがよく分かる。
そんな翔くんのことはよく分かっていない淡口さんは、あごをさすりながら栗原さんの写真をじっと見つめていた。
「やまぎんの栗原かー、覚えておこう。地元のプロチームに入ったら最高なんだがなあ」
「じゃあ彼がプロ入りしたら、私も試しに野球見に行ってみようかなー。ルール知らないけど」
化粧直しを終えた沙夜さんはポーチをバッグへしまいながら、軽いノリでそう言って楽しそうに笑った。
女性ファンなら誰しもが知りたいと思っているであろう栗原さんの連絡先を、あっさりゲットしている彼女が一番強者なんじゃないかと思う今日この頃である。
「ねぇ、柑奈ちゃん。お土産いただいてもいい?」
テーブルに置かれた私の東京土産の焼き菓子を見つけて、沙夜さんが指でつまみ上げる。
もちろんどうぞ、と声をかけると淡口さんも欲しがった。
「東京見物はゆっくりできたのかい?」
「いえ、それが全然。二日目だけ試合がなかったからスカイツリーに行ったくらいで、あとは試合のあとに時間があればオシャレな飲み屋でお酒を楽しんだくらいです」
「そうか、それはそれで残念だったなあ」
父のようなあたたかい目で私と話してくれている淡口さんが、焼き菓子をボリボリ音を立てて食べる。
口の端っこにカスがついているけど、あえて言わなかった。なんか可愛いから。
おもむろに携帯を出した沙夜さんが、「あっ」と声を上げる。
小走りで私の元へ駆け寄ると、ほら見て、と画面を見せてきた。
差出人に『栗原和義』の文字。
「きゃあ!連絡来たんですか!」
思わず興奮して目を輝かせると、沙夜さんはしっかり親指を立てて微笑んだ。
「今週末、お誘いが来たわよ。柑奈ちゃんも行くでしょ?」
「い、い、行きます!」
「可愛いカッコしてきなさい。藤澤くんにいつ抱かれてもいいように下着もエロいやつ着てくるのよ?」
あからさまな沙夜さんの言葉に私より先に反応したのは男性陣二人の方だった。
淡口さんはむせて咳き込み、翔くんは飲んでいたお茶をブハッと豪快に吹き出していた。
「沙夜さーん、やめてぇぇぇ」
「冗談よ、じょーだん。あっはははは」
顔を覆って半泣きになっていたら、沙夜さんにバンバン背中を叩かれた。
沙夜さんはどういうつもりで栗原さんと連絡をとり続けているのだろう。
「イケメンだし一緒に飲んだら楽しいじゃん」的な考えをしていそうなので、深いところまで聞けなかった。