打って、守って、恋して。
なにがいけないのか、私にはまったく分からない。
うなずいた藤澤さんは、ビールがまだ半分以上入ったグラスに指で簡単に野球のベースを描くと、
「俺はピッチャーの球種やコースとか、打者の特徴なんかを頭に入れて守備位置についてるので、ダイビングキャッチをしたということは、その“読み”が外れたことになるわけです。できることなら確実にアウトをとりたいから正面で打球を受けたい。ダイビングキャッチは、やむなく飛びついてとっているだけに過ぎないんです」
と、グラスの中の一二塁間をとんとんと指の腹で軽くつついた。
非常に分かりやすく、聞きやすい説明だったので私にも理解できた。
素人から見るとダイビングキャッチは華やかですごいプレーに見えるけれど、選手からしてみればそうではないのだと驚かされる。
「……それでも、ちゃんとアウトにしたからいいんですよ。予想が外れても対処できてるってことですよね?」
「間に合わないこともありますよ」
「藤澤さんってすごく謙虚ですよね。もっと自慢してもいいくらいなのに」
いつも謙虚。試合中のグラウンドでもそう。
ガッツポーズしてるのとか、思いっきり笑ってる姿とか、あまり見ない。
すると、話に乗っかるように栗原さんが「そうなんですよ!」と隣の藤澤さんを肘で小突いた。
「俺もなるべく感情は出さないようにしてますけど、ピンチを切り抜ける時に三振とかとっちゃうとつい出ますもん、ガッツポーズ。ファインプレー出したあととか、フジさん何考えてるんです?」
「何って、そりゃ普通に、やったーって思ってるよ」
思ってるの!?
ビックリして目を丸くしていると、栗原さんも私と似たような顔をして驚いていた。
そして、興味津々といった感じで栗原さんが矢継ぎ早に質問する。
「ほんとに?じゃあタイムリー打ったあとは?」
「よっしゃーって思ってるよ」
「ダブルプレーに仕留めた時は?」
「だから普通に喜んでるよ。そういう時こそ普通に振る舞ってるだけで」
「観客席に可愛い子見つけた時は?」
「…………可愛いなと思ってるよ」
栗原さんはもう大爆笑。
ここで耐えきれなくなって、肩を震わせていた私もついに「あははは」と笑ってしまった。
「よかったぁ、めちゃくちゃ普通の人なんですね!なんか、ものすごくクールな人なのかと思ってたんです。俺は自分のことでは喜ばない、チームメイトのことなら喜ぶけど、みたいな」
「いや、普通に自分のことでもすごく喜んでます」
「あはは、安心しました!」
彼の得意技はポーカーフェイスというわけだ。これはなるべく早く凛子にも伝えたい事実だ。
ついてこれていないのは沙夜さんだけだった。
それでも彼女は彼女でそれでもいちいち詳しく聞いてこないところが、本当に野球に興味がないんだろうなぁというのをうかがわせる。
いや、藤澤さんに興味がないのかも。