打って、守って、恋して。
肩をすくめた彼女は、ちっとも悪びれていない様子でペロリと舌を出している。
あの時、酔っ払いながらも私の名前を出したから良かったものの、それすらせずに寝てしまっていたらお店に迷惑をかけたに違いない。
時々危なっかしいので、凛子のことがほっとけない。
ピンポンという音が鳴って、ほぼ同時に藤澤さんが立ち上がるのが見えた。
「78番でお待ちのお客様。お待たせ致しました」
彼はそう呼びかけてすぐに私と凛子の姿に気がついたようで、ハッと息を飲んでいる。
やった、ビンゴ!と喜んで凛子がイスから立ち上がり、ついでに私の手も引いた。
非常に困惑している様子の彼の元へ歩みを進めると、藤澤さんは私と凛子を交互に何度か見たあと
「……ご用件は?」
と首をかしげていた。
なにせ場所が場所なだけに、ここでおつまみの入った紙袋を渡すわけにもいくまい。
それに「先日は酔っ払って寝ていたところを友人の部屋まで運んで下さり……」なんて口走ったりした日には、彼の職場での立場がどうなるのか。
さっきまで勢いづいていた凛子は、たぶんそのことに気がついたのだろう。
ついと持っている紙袋を彼に見せて、小さく頭を下げた。
「私、田村凛子です。先日……の件でお邪魔しました。藤澤さんは何時までお仕事ですか?渡したいものがあります」
珍しくしおらしい雰囲気でおずおずと話した凛子に少々驚きながらも、私も彼女に助け舟を出す。
「午後から練習ですよね?ほんの少しだけお時間いただけませんか?」
「……はい、大丈夫です。十二時半まで業務についていますので、その後なら」
「じゃあ、お待ちしてます」
「すみませんが、外に出て左手を進むと行員用の通用口がありますので、そこでお待ちいただけますか?」
「分かりました」
私たちは銀行に来たというのにお金のやり取りは一切せず、78番の番号札だけ彼に渡してそそくさと立ち去った。