れんあいせんげん!―エリート同級生は好きな人―
「え……」

 ぐしゃりと紙を握りつぶす。
 少年の視線の先には、自分の紙に書かれているものと同じ番号が記された掲示板。
 だが、それが意味するものは、すなわち。

「……受かった……!?」
「わー凄い。でも絶対ぎりぎりよ。だって貴方の偏差値、この高校にぎりぎり届いてないじゃない」
「そんな厳しいこと言うなって! 受かったんだからいいだろ!」

 彼が目指していた高校に、受かったという事だ。それを見た少女は、彼の歓びようを鼻で笑った。
 実際少女――赤坂(あかさか)奈央(なお)は、余裕でこの偏差値六十二の高校に入れる学力を持っている。
 しかし少年――深川(ふかがわ)月夜(つきよ)の偏差値は、ぴったり六十。頑張れば届くかもしれないと言われていた。

 そんなぎりぎりな状況で、受かった。受かったのだ。

 元々この高校の受験をしろと言ったのは幼馴染である奈央の方で、毎日死にかけるレベルで勉強させられたのだ。
 その成果が出た報酬なのだと信じたい。

「じゃあ、行こう。レストランに! いやあ、受かってよかったぜ。俺、ようやくスマホ買ってもらえる!」
「はいはい……レストラン、ね……」

 二人きりか、と奈央はつぶやく。もちろん、テンションが上がりまくりの月夜の耳には届かない。
 もちろん、ひそかに頬を染めた奈央の顔も、見えてはいない。
 二人きりでレストラン。
 とてもアレなのではないだろうか。いや、完全に傍から見たらアレなのではないだろうか。

 そもそも、こんな会話をしている時点でアレに見られているのではないか。
 気になりだしたら止まらない。
 奈央の顔からは火が噴き出そうだった。
 まあ、一緒の高校に通いたいから死ぬ気で勉強をさせたなんて理由を心に隠し持っている時点で、アウトだが。具体的に何がアウトなのかはご想像にお任せする。
 さてレストランへ――、と月夜が顔を反転させた瞬間、さあ、と風が吹く。

 ひらり、と桜が舞う。
 なんて、幻想的なのだろうか。それとも、受験に受かったからだろうか。
 あちこちから歓声と怒声が聞こえる。
 奈央は「凄いわね」と月夜に言うため彼に顔を向けたが――、彼の視線は、奈央にはなかった。

「あ……」

 月夜の視線は、一点に集中していた。
 先程から一定数の視線を集めている少女。

 腰まで伸ばされた漆黒の長髪。風になびいたそれを耳にかける仕草はゆるやかで、見る者を圧倒する優雅さと美しさを併せ持っている。
 それと同等に、彼女のルックスもまた美しかった。
 いわゆる黄金長方形、この世で最も合理的で美しい配置とされるもの。それは、彼女のルックスを形容するのにふさわしかった。

 彼女の顔のパーツは、端正という言葉では生ぬるい。白く雪のような肌や指も、すらりとしていて触れれば折れそうなほど華奢だ。
 足も長く、身長は百六十センチ後半だろうか。女子高校生にしては、中間より少し高い方に分類されるだろう。
 彼女の一挙一動に、ギャラリーはくぎ付けになる。ひらひらと舞う桜が、すうすうと吹き抜ける風も、全ては彼女の美しさ、華やかさ、儚さを体現させる小道具に過ぎないように感じる。

 ルックスは普通の女子より頭二つ分以上とびぬけている奈央も、彼女の美しさには素直に女子として、少し嫉妬を覚える。
 そしてそれ以上に、月夜の視線が全て彼女に注がれている事が、ちょっと気に食わない。

「ちょっと、月夜? じっと見ないの、彼女だって、視線を集めたいわけじゃないでしょ?」
「……あの子、悲しそうな顔をしてるんだ。何でだろうな」
「え」
「―――行こうぜ奈央! 今日は大パーティだ! 幸運な一日だよ」
「ちょ、ちょっと、先に行かないで!」

 奈央の言葉に返された予想外の一言に、彼女は狼狽する。だが、月夜はすぐに先程のテンションに戻ってずんずん歩き出した。
 月夜の頬がほんのり赤くなっていた事も。美しい少女を見つめる表情が恋するそれだったことも。
 奈央は見ないふりをした。
 認めたくなかったのもある。
 けど、彼女にとって好きな人が幸せになる事が、自分にとって何よりの幸せとなれたから。

「走るなー! 危ないでしょー!」

 ……だから、見て見ぬふりをしたって辛くなんかないのだ。



 そう、全ての始まりは、その出会いだった。
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