死にたい君に夏の春を
出てきたのは、カバーもなにも付けていないシンプルなスマホ。


九条が携帯を持っていることに驚いた。


彼女はそのスマホを僕の前に置いて。


「使い方わからないんだ」


「じゃあなんで持ってんだ?」


「お父さんの持ってきちゃったから。カメラは使えるんだけど、どうやって見るのかわかんなくて」


家を出る前に拳銃と携帯とピッキングツールを持ち出すなんて、どうやったらそんなことできるんだ。


「ちょっと貸して」


画面をスライドしてみると、簡単に開くことが出来た。


大体ロックを掛けてることが多いが、これはそういう設定をしていないらしい。


無頓着な人なのだろうか。


「このマークを押すと今まで撮った写真が見れるよ」


僕はアイコンを押そうとするが、


「あ、待って」


と言って彼女は、僕からスマホを奪い取りポチポチと画面を押し始めた。


見られてはいけないものがあったのだろうか。


「…………」


途端に、九条の表情が暗くなる。


それを見て、僕はどうしたらいいのか分からなくなった。


そんな重い空気で、場違いなアラーム音が部屋に鳴り響いた。


「た、食べようか」


雰囲気を変えようと、明るめに接する。


「あ……うん」


彼女はスマホの電源を消し、机に伏せた。


僕もタイマーを消し、お粥の蓋を開ける。


ふんわりと熱い水蒸気が顔を覆う。


ただでさえ暑い部屋の室温がさらに上がった気がした。


こんな夏に食べるものじゃなかったと、一口食べて後悔する。
< 101 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop