死にたい君に夏の春を
「どうしたの?」


曇りのない目で、僕を見る。


「…………」


ギリギリと歯を噛み締めた。


出そうになった言葉をどうにか抑え込む。


「いや、なんでもない……」


そう言って僕はまた同じパイプ椅子の上に座る。


こんなことでイラついてはダメだ。


僕らしくない。


九条に言うのも筋違いである。


「ねぇ、高階くんのお母さんはどんな人?」


ズキッ、と心臓が痛む。


畳み掛けるように喋るな。


昨夜は僕のことを知ってほしいって思ったはずなのに、今はなにも聞いて欲しくない。


「……薄情な人だったよ」


一言、そう言った。


「薄情って?」


一呼吸置いて口を開く。


「家族のことなんてどうでもいいんだ。僕のことも嫌いだと思ってる」


「でもお母さんだよ?高階くんのこと、ちゃんと大切に思ってるはずだよ」


……なんだよそれ。


「知ったような口聞くなよ……!」


出てしまった。


最悪な言葉が。


はっ、と気がついて、九条の方を見る。


「いや、違う九条。今のは……」


「……ごめんなさい」


怯えたように、肩が震えている。


まるで僕を、恐ろしい化け物のように見た。


「九条……」


突然の出来事に、どうしていいかわからない。


「ごめんなさい……」


下を向いてずっと謝るばかりで、僕の声は届きすらしない。


何故、お前が謝るんだ。


言いたいのはこっちなのに。


僕は彼女を落ち着かせようと手を伸ばしたが、その手は迷った挙句、引っ込めてしまった。


そして僕は、逃げ出した。
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