死にたい君に夏の春を
「お菓子パーティしようよ」


「まだ晩飯も食べてないだろ」


「いーじゃんお菓子で」


意気揚々とした九条は買ってきたお菓子を地面に並べる。


クッキーやチョコレートやポテトチップスなど、随分と多く買ってきたようだ。


僕のお金だというのに、遠慮のない奴だ。


しかも今日の彼女はやけにご機嫌だ。


いつもはこんなにテンションは高くないだろうに。


「はい、お酒」


そう言って、僕の方に突き出されたのは銀色の缶ビールだった。


僕はそれを無意識に受け取ってしまった。


「僕も飲むのか?」


「はい乾杯ー」


有無を言わさずすでに缶を開けた彼女は、ぐいっとそのビールを飲んだ。


せめて質問には回答してほしいものだ。


「……どう?」


なんだかんだ言って感想を聞こうとする僕だが、何も返事はない。


「飲んでみて」


そう促されて僕も渋々缶を開け、一口だけ飲む。


「…………」


しばらく口の中にビールの匂いが残る。


「……苦いな」


「……苦いね」


それ以上酒は飲むことなく、屋上の隅に流し捨ててしまった。


僕達は座りながら、九条の買ってきたお菓子を食べる。


こんな時だが、口直し用の食べ物があってよかったと思った。


「お父さんはなんでこんなのいっぱい飲んでるんだろう」


「酒飲みなのか?」


「うん。よくおつかいを頼まれる」


子供に酒のおつかいを頼むって、父親のすることじゃないだろう。


万引きをしてこいって言ってるようなものじゃないか。


「お酒飲んだ時のお父さんはすごく怖いんだ。こんなの、飲むもんじゃないね」


「じゃあなんで持ってきたんだ?」


「お酒を飲むと嫌なこと全部忘れられる、って言ってたから」


嫌なこと。


九条もやっぱり、いじめや虐待のような嫌なことを忘れたいんだ。


当たり前だけど、同じ人間なんだ。


「もし嫌なこと全部忘れられたら、どうする?」


僕は問う。


彼女はじっくり考えて、こう言った。


「どっか遠くに行きたいな。誰も知らない、静かなとこに」


「……独りで?」


1人になるくらいなら、僕も一緒に。


彼女は何も言葉は発さず、こちらを見た。


ただ黙って、異様な笑みを浮かべただけだった。
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