死にたい君に夏の春を
すると、さっき走り始めた場所の辺りに見覚えのあるものが落ちていた。


手に取って見てみると、黒い折りたたみ財布。


僕の財布だ。


中身を確認したが、何も抜き取られていない。


僕は安心して胸を撫で下ろす。


もし無くして中身が抜き取られていたら、これからの夏は何も出来なくなっていただろう。


夏祭りも楽しめなくなる。


夜になる前に見つけられてよかった。


僕はこのことを早く言おうと、ビルまで早歩きで行く。


お金なんて必要としたことなんかこれっぽっちもなかったのに、ここ2日でその価値観はガラリと変わった。


今は自分のために美味しいものを食べたり、九条に何かしてやるためにお金を使いたい。


だから財布が見つかったことがどんなに嬉しいか、言葉で表現しきれないくらいだ。


ビルにまで着いて、僕は3階へ一気に駆け上がる。


あの部屋の向こうには、僕の買ったワンピースを着て、そっか、なんて簡単な返事をして、またいつものようにくだらない話を一緒にする九条がいる。


部屋に入って1番に、僕は言った。


「九条、やっぱりあっ……」


しかし目に飛び込んできた光景は、僕の想像とは遥かに違ったものだった。
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