死にたい君に夏の春を


お互い少ない救急用具で治療を済ませ、簡易ベッドに横たわる。


途中、夜の街に救急車とパトカーの音が鳴り響いていたことを、気にしようともしなかった。


2人はただ天井を見つめる。


「高階……じゃなくて、えーっと」


「なに?」


「うーんと……なんだっけ、下の名前」


「……一颯。高階 一颯」


「いっさ?ふふ、何か変な名前」


「うっせ……」


「ねぇ、一颯」


「……なに、栞」


そう言うと、彼女は今まで無いくらい嬉しそうな顔をする。


「私が死ぬまで、ずっと一緒にいてくれる?」


その言葉を聞いて、僕は一瞬言おうとしたことを留める。


そして必死で言葉を探す。


「……うん。一緒にいてやるよ」


この夏休みが終わったら、彼女は死ぬ。


そんなこと、ずっと前から知っていたのに。


今更になって迷いが生じる。


死んで欲しくない。


君には、生きていて欲しい。


父親に残虐なことをされた栞に、その言葉を言う勇気はなかった。


僕は限界まで手を伸ばす。


それを見て、彼女も僕の手を掴んだ。


もう二度と、この手を離したくない。


強く、握り返した。
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