死にたい君に夏の春を
お互い何も言わず、沈黙が続く。


垂れてくる汗が、暑さからなのか、焦りからなのかはわからない。


僕は意味もなく、男と少女を交互に見た。


そして彼女は、なにか思い出したように顔を上げた。


「あ、ご飯買いに来たんだった」


そう言って、男の持ち物であろうカバンに手を入れる。


それ、その人のカバンじゃ……。


言おうとしたのに、うまく声が出ない。


これ以上この件について関わってはいけない、そう思ってしまった。


「じゃ」


何事も無かったように、彼女は男のものであろう財布を持ち出す。


そして静かに暗闇の中へ消えていった。


見てしまった。


見つかってしまった。


クラスでは僕よりも大人しい彼女が、大の大人を殴っていたのだ。


あんな裏の顔があるとは思わなかった。


全身の筋肉が硬直する。


しばらく、その場から動くことはできなかった。
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