死にたい君に夏の春を
「言いにくいこと?」


「……いや、このことを誰かに言うの、初めてだなって」


やはり、言いにくい事情があるのだろうか。


少し表情が緊張している。


一呼吸置いて、彼女は言った。


「怪我をすると、お父さんが心配してくれるの」


え?


「普通じゃ、ないのか?」


僕の父親だったら、心配すらしない気がする。


普通の家庭なら、親が子供のことを心配するのは当然だと思っていた。


だけど、彼女がいつ、自分の家庭は普通だと言ったのだろうか。


「お父さんっていつも私に厳しいけど、いじめられた時だけは優しく接してくれる。だから感謝してるんだ」


殴られることに、感謝している。


恐ろしい。九条のその言葉が怖い。


「父親に、優しくされたいがために、いじめられてたのか?」


「うん」


またその目で僕を見る。


真っ黒で深い海のような瞳なのに、純粋で真っ直ぐな目。
< 40 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop