死にたい君に夏の春を
「盗むだけだったら、僕がやる必要ないだろ」


「たかがいくんもやれば成果も2倍でしょ?」


素直か。


いや、元から素直すぎるところは、今までの出来事から知っていたけれど。


というか九条は良いかもしれないが、僕にはなんの利益もないじゃないか。


しかし、九条とは青春を見つける約束をしてしまったからな……。


窃盗することが約束のうちに入るのか疑問だが。


まぁよく考えれば、見つかっても特に困ることは無い。


ここに僕の知り合いはあまり来ないようだし。


「……わかったよ」


拒否する理由もないから、承諾するしかなかった。


さよなら、僕の平穏な日々。


そういえば。ふと九条の言ったことを思い出した。


「あの、今更なんだけど。『たかがい』じゃなくて『たかしな』だから……」


「え?」


初めて、九条は驚いたような表情をした。


「苗字。よく間違われるし、別に気にしてはないからいいんだけど……」


ずっと気になってたことがやっと言えた。


彼女は少し口を尖らせて。


「なんで言ってくれなかったの」


「……言うタイミングなかった」


ムスッとした顔をして、言った。


「ふーん。じゃあ行こ、『たかしな』くん」


拗ねる子供のように、早歩きで女湯に入って行った。


そんな彼女を見て少し可愛らしいと思ったのは、僕だけの秘密にしておこう。
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