あの頃、きみといくつもの朝を数えた。―10years―
「お仕事終わったの?」
「うん。なに食べたい?」
「あのね、ごはんじゃなくて、〝ゆづ〟欲しいものがあるんだけど……」
どこで覚えたのか2歳児なりに自分を可愛く見せる術を知っている。
唇をモゴモゴとさせながら、普段では買ってもらえないお目当てのおもちゃをひとつではなく、いくつも挙げる。
と、次の瞬間……。
「こら、優月(ゆづき)!」
人混みをかき分けるようにして、ショッピング袋を抱えた岸が険しい顔でやってきた。
「勝手に行ったらダメでしょう!」
「ダメじゃないもん。ママの買い物が長いんだもん」
「もーああいえばこう言う」
「ふん」
気が強くて意地っ張りな性格はおそらく岸家のDNAだろう。
ふたりの本気の言い合いがはじまると男の俺が入る隙はなくて、ただ当たり障りないように頷いてるだけ。
すると、岸の後ろからもうひとりの人物が現れた。
「ごめん。兄ちゃん。遅れちゃって」
それは俺と同じようにスーツを着た三鶴だった。