あの頃、きみといくつもの朝を数えた。―10years―




「いい人、いないの?」

岸が店内で流れているBGMよりも静かな声で聞いてきた。



「いたらこんなにも人差し指をざっくり切ったりしねーよ」

俺は絆創膏が巻かれている指を見せる。


会社で義務化されてる健康診断で引っ掛かり、自炊を決意したばかりだけど、まずは包丁と仲良くなる必要があるようだ。



「でも言い寄られないこともないでしょ?」

「……まあな」



職場に料理上手な人もいるし、積極的に声をかけてくれる人もいる。でも心に海月がいる限りは無理だと思う。


相手がっていうよりも、俺がまだ海月のことを想っていたいから。


海月はきっと俺に好きな人ができても怒らない。むしろ俺がひとりでいることのほうが心配かもしれない。


周りはどんどん結婚して家族も増えていく。

俺と同じで独身だった沢木も、先月に職場の同僚の人と籍を入れた。


みんな幸せになっていく中で、自分だけが置いてけぼりという感覚は、実はなかったりする。


結婚も幸せの形。でも、まだ海月のことを好きでいることも、俺は幸せの形だと思ってる。

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