地味子のセカンドラブ―私だって幸せになりたい!
1.カッコいい人が名前を憶えてくれた!
もう8時、今日も忙しかった。この会社はいい、残業手当をきちんとつけてくれるから。私は派遣社員、給料は少ないので、残業があると助かる。
今の時間、ほとんどの社員は退社してコピー室に人はいないはずだから、この資料をコピーすればすぐに仕事は終わる。
あれ! コピー室に誰かいる。ときどき廊下で見かけるいつも忙しそうなカッコいい人だ。スーツもネクタイもセンスがいい。コピー機のトラブル?
私はいつも地味にしているから、きっと私のことなんか知らないと思う。でもあんな素敵な人と付き合ってみたいと思うこともある。そのたびに、3年前のことをもう忘れたの! と左手首の傷がチクチク痛む。
矛盾しているかもしれないけど、地味にしているのはもう男の人と関わり合いになりたくないから。いつも黒いスーツに黒い靴のいわゆるリクルートスタイルで、髪も後ろに束ねてポニーテイルにしているだけ。
化粧も薄め、口紅も目立たない色、それにド近眼だけど、コンタクトをしないで、分厚い黒縁のメガネをかけている。とてもダサイ恰好をしているので、男の人からは話したくもないと思われているに違いない。でも、それでいいと思っている。
「どうしました?」
「紙詰まりで、詰まった紙を取り除いても復帰しない。明日一番で必要な資料なので困っている」
「私が見ましょうか? 私も結構紙詰まりのトラブルに合っていますので」
「見てくれる?」
扉を開けて、マニュアルどおりに点検していく。詰まった紙は見当たらない。以前、どうしても復帰しないので修理を頼んだ時に、修理の人が教えてくれた箇所もチェックしていく。紙があった! それを取り除く。
「紙が一枚残っていました。これでおそらく大丈夫です」
扉を閉じると正常に復帰した。カッコいい人が驚いている。
「ありがとう助かった。コピーはすぐに終わるから」
挟まっていた紙を処分しようとして資料の日付が目についた。本当は見てはいけないのだろうけど、日付が間違っている気がした。
「でもチョット待って下さい。資料の日付が目に入ってしまいましたが、明日の資料ならこの日付は間違っていませんか?」
「ええ・・・本当だ!」
よかった。資料を見たと怒られなかったし、間違いは当たっていた。
「ありがとう。すぐ原稿を訂正してくるから、先にコピーをしていて下さい」
「じゃあ、コピーさせていただきます」
慌ててコピー室を出て行った。いない間にコピーを済ませなくちゃ。
しばらくして、コピー室へ戻ってきた。
「どうぞ、先にしてください。私はまだ多くありますので、時間がかかります」
「じゃ悪いけど、部数も少ないので、させてもらうよ。ありがとう」
コピーはすぐにできた。トラブルがなければあっと言う間にできる枚数だ。すぐに私と交代してくれた。私はまたコピーを始めた。
「横山さん、コピー機を直してもらってありがとう。助かったよ。明日、朝一の会議で使うので今日中に作れてよかった」
名前を呼ばれて驚いたが、さっき胸元を見ていていたので、IDを見られたと分かった。カッコいい人が名前を言ってお礼を言ってくれた。きつそうな人かと思ったけど、感じのいい人だ。嬉しかったのでニコッと笑って答えた。
「どういたしまして、コピーをすることが多くて、私も随分紙詰まりには悩まさせられましたから、今ではコピー機のほとんどのトラブルに対応可能です」
「たいしたもんだね、じゃあ、またトラブルがあったら頼みます」
「喜んで」
「僕は企画開発室の岸辺といいます。ところで、あまり見かけないけど、横山さんの所属は総務部?」
「はい、私は派遣社員で総務部で働かせていただいています」
「遅くまで大変だね」
「今は丁度4半期ごとの決算の発表が近いので資料のコピーが多くて。でも残業手当をいただけるので助かります。お給料がそんなに多くないので」
「じゃあ、そのうちに食事でもご馳走するよ、今日のお礼に」
「業務の一環ですから、お気遣いは無用です。失礼します」
カッコいい人は、同じフロアーにある企画開発室の岸辺さんと言うんだ。社交辞令にきまっているけど、食事をご馳走すると言われた。あんなカッコいい人と一度でも食事ができたら素敵だろうな!
また、左手首の傷が疼き出す。失恋の自殺未遂の傷。目立つので男物の太いベルトの腕時計で隠している。あれから3年もたつのに、男の人にときめいたりすると傷がうずく気がする。面食いの私に警告しているの?
ようやくコピーが仕上がった。部屋に戻るとまだ2~3人が仕事をしている。出来上がった資料を渡して、仕事を頼まれないうちに急いで退社した。
オフィスビルを出て時計を見ると8時半過ぎになっている。ビルは虎の門にある。手に持っていたリュックを肩にかけて、地下鉄の階段を下りて行く。私はこの時、岸辺さんが後ろを歩いていたことに気づかなかった。
銀座線表参道で半蔵門線に乗り換える。そういえば、遅くなって帰ったときにここで岸辺さんを一度見かけたことがある。
この時間、電車は帰りのラッシュが終わって少し空いてきている。あと25分くらいで溝の口に着く。その間、スマホをチェックする。
駅から徒歩15分のところにアパートを借りて一人住んでいる。アパートは幹線道路沿いなので遅くなっても危険は感じない。
食事は自炊、昼食はお弁当を持参している。外食は高くつくので極力避けている。遅くなることもあるので、多く作った料理を冷凍保存してある。今日の夕食はその2、3品を解凍して食べることにした。
テレビをつけるけど面白い番組がないので、取り溜めた録画を見る。テレビは録画機能のついた中型。あとはもう温かい季節なってきたのでシャワーを浴びて眠るだけ。
もう恋愛はこりごりと思ってはいるけど、自分の感性だけは磨いておこうと、時間があれば、服、バッグ、靴、アクセサリーなどをスマホで探して、気に入った可愛いものや個性的なレアなものがあれば、情報を保存している。また、ウエッブニュース、音楽、映画、新刊書などもチェックすることにしている。
寝る前に自分のブログに今日の昼休みにショッピングサイトで見つけた可愛いアクセサリーの写真をUpして説明を入れた。それに自身の出来事の書き込みもする。
〖カッコいい人がコピー機の故障で困っていたので直してあげたら、名前を憶えてくれて、そのうち食事にでもと言ってくれた! でも左手首の傷が疼いた!〗
今の時間、ほとんどの社員は退社してコピー室に人はいないはずだから、この資料をコピーすればすぐに仕事は終わる。
あれ! コピー室に誰かいる。ときどき廊下で見かけるいつも忙しそうなカッコいい人だ。スーツもネクタイもセンスがいい。コピー機のトラブル?
私はいつも地味にしているから、きっと私のことなんか知らないと思う。でもあんな素敵な人と付き合ってみたいと思うこともある。そのたびに、3年前のことをもう忘れたの! と左手首の傷がチクチク痛む。
矛盾しているかもしれないけど、地味にしているのはもう男の人と関わり合いになりたくないから。いつも黒いスーツに黒い靴のいわゆるリクルートスタイルで、髪も後ろに束ねてポニーテイルにしているだけ。
化粧も薄め、口紅も目立たない色、それにド近眼だけど、コンタクトをしないで、分厚い黒縁のメガネをかけている。とてもダサイ恰好をしているので、男の人からは話したくもないと思われているに違いない。でも、それでいいと思っている。
「どうしました?」
「紙詰まりで、詰まった紙を取り除いても復帰しない。明日一番で必要な資料なので困っている」
「私が見ましょうか? 私も結構紙詰まりのトラブルに合っていますので」
「見てくれる?」
扉を開けて、マニュアルどおりに点検していく。詰まった紙は見当たらない。以前、どうしても復帰しないので修理を頼んだ時に、修理の人が教えてくれた箇所もチェックしていく。紙があった! それを取り除く。
「紙が一枚残っていました。これでおそらく大丈夫です」
扉を閉じると正常に復帰した。カッコいい人が驚いている。
「ありがとう助かった。コピーはすぐに終わるから」
挟まっていた紙を処分しようとして資料の日付が目についた。本当は見てはいけないのだろうけど、日付が間違っている気がした。
「でもチョット待って下さい。資料の日付が目に入ってしまいましたが、明日の資料ならこの日付は間違っていませんか?」
「ええ・・・本当だ!」
よかった。資料を見たと怒られなかったし、間違いは当たっていた。
「ありがとう。すぐ原稿を訂正してくるから、先にコピーをしていて下さい」
「じゃあ、コピーさせていただきます」
慌ててコピー室を出て行った。いない間にコピーを済ませなくちゃ。
しばらくして、コピー室へ戻ってきた。
「どうぞ、先にしてください。私はまだ多くありますので、時間がかかります」
「じゃ悪いけど、部数も少ないので、させてもらうよ。ありがとう」
コピーはすぐにできた。トラブルがなければあっと言う間にできる枚数だ。すぐに私と交代してくれた。私はまたコピーを始めた。
「横山さん、コピー機を直してもらってありがとう。助かったよ。明日、朝一の会議で使うので今日中に作れてよかった」
名前を呼ばれて驚いたが、さっき胸元を見ていていたので、IDを見られたと分かった。カッコいい人が名前を言ってお礼を言ってくれた。きつそうな人かと思ったけど、感じのいい人だ。嬉しかったのでニコッと笑って答えた。
「どういたしまして、コピーをすることが多くて、私も随分紙詰まりには悩まさせられましたから、今ではコピー機のほとんどのトラブルに対応可能です」
「たいしたもんだね、じゃあ、またトラブルがあったら頼みます」
「喜んで」
「僕は企画開発室の岸辺といいます。ところで、あまり見かけないけど、横山さんの所属は総務部?」
「はい、私は派遣社員で総務部で働かせていただいています」
「遅くまで大変だね」
「今は丁度4半期ごとの決算の発表が近いので資料のコピーが多くて。でも残業手当をいただけるので助かります。お給料がそんなに多くないので」
「じゃあ、そのうちに食事でもご馳走するよ、今日のお礼に」
「業務の一環ですから、お気遣いは無用です。失礼します」
カッコいい人は、同じフロアーにある企画開発室の岸辺さんと言うんだ。社交辞令にきまっているけど、食事をご馳走すると言われた。あんなカッコいい人と一度でも食事ができたら素敵だろうな!
また、左手首の傷が疼き出す。失恋の自殺未遂の傷。目立つので男物の太いベルトの腕時計で隠している。あれから3年もたつのに、男の人にときめいたりすると傷がうずく気がする。面食いの私に警告しているの?
ようやくコピーが仕上がった。部屋に戻るとまだ2~3人が仕事をしている。出来上がった資料を渡して、仕事を頼まれないうちに急いで退社した。
オフィスビルを出て時計を見ると8時半過ぎになっている。ビルは虎の門にある。手に持っていたリュックを肩にかけて、地下鉄の階段を下りて行く。私はこの時、岸辺さんが後ろを歩いていたことに気づかなかった。
銀座線表参道で半蔵門線に乗り換える。そういえば、遅くなって帰ったときにここで岸辺さんを一度見かけたことがある。
この時間、電車は帰りのラッシュが終わって少し空いてきている。あと25分くらいで溝の口に着く。その間、スマホをチェックする。
駅から徒歩15分のところにアパートを借りて一人住んでいる。アパートは幹線道路沿いなので遅くなっても危険は感じない。
食事は自炊、昼食はお弁当を持参している。外食は高くつくので極力避けている。遅くなることもあるので、多く作った料理を冷凍保存してある。今日の夕食はその2、3品を解凍して食べることにした。
テレビをつけるけど面白い番組がないので、取り溜めた録画を見る。テレビは録画機能のついた中型。あとはもう温かい季節なってきたのでシャワーを浴びて眠るだけ。
もう恋愛はこりごりと思ってはいるけど、自分の感性だけは磨いておこうと、時間があれば、服、バッグ、靴、アクセサリーなどをスマホで探して、気に入った可愛いものや個性的なレアなものがあれば、情報を保存している。また、ウエッブニュース、音楽、映画、新刊書などもチェックすることにしている。
寝る前に自分のブログに今日の昼休みにショッピングサイトで見つけた可愛いアクセサリーの写真をUpして説明を入れた。それに自身の出来事の書き込みもする。
〖カッコいい人がコピー機の故障で困っていたので直してあげたら、名前を憶えてくれて、そのうち食事にでもと言ってくれた! でも左手首の傷が疼いた!〗
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