地味子のセカンドラブ―私だって幸せになりたい!
14.地味子になった訳を話した!
潤さんは6時に来てくれるはず。部屋もきれいに掃除したし、料理もできた。外はまだ明るいし30℃以上はあるだろう。

シャワーを浴びて着替えをする。Tシャツに膝までのパンツにエプロンをした。メガネをコンタクトに替える。

6時丁度にドアをノックする音。ドアーを開けると、潤さんが汗を拭きながら立っていた。手には小さなバッグとレジ袋を持っている。

「お待ちしていました」
「はい、アイスクリーム」

「ありがとうございます。暑かったでしょう。すぐにシャワーを浴びて下さい。バスタオルは中にあります」

テーブルの上にはすでに料理が並べてある。潤さんは促されてシャワーを浴びに浴室に入った。

うちの浴室はビジネスホテルにあるようなバスタブ、洗面台、トイレが一体になったタイプ。

しばらくして潤さんに、これを着てくだいと男物の浴衣と帯をドア越しに渡す。潤さんはそれを着てテーブルの前に座った。

「ごめんなさい。それ父のものですが、着ていて下さい」

「ぴったりだ。浴衣は小さい時に着たことがあるけど、大人になってからは温泉に行った時ぐらいだ、ゆったりしていいね」

「冷たいビールをどうぞ」

「ありがとう。今日はご馳走になります。それに泊まって行っていいんだよね」

「料理と私だけですが、ゆっくりしていって下さい」

「それで十分。いただきます」

今日の献立は、エビチリ、マーボ豆腐、チンジャオロースー、餃子、チャーハンと中華スープ。まあまあのできかな。潤さんはお腹が空いていたと見えて、おいしいと言って食べている。

「美沙ちゃんはこんなに可愛いのに、どうして会社ではあんなに地味にしているの?」

「3年前に退院してから、すべてを忘れようと、ここに引越しをして、派遣先も今の会社に変えてもらいました。服装も目立たないように今のように変えました」

「服装まで変えることないのに」

「もう男の人とは付き合いたくなかったし、女子社員も地味にしているとこちらを気にしません。それに私服だと毎日、服装を変えなければなりません。同じ服だとお泊りをしてきたみたいなので。それに衣料代が馬鹿になりません。今の服装だと毎日同じでも会社ではそんなに違和感がありませんから。それでも毎日少しずつは変えているんですよ」

「なるほど、でもそれじゃ少し寂しいね、会社で友達はできたの?」

「友達をつくろうとは思いませんでしたが、お話をする人は何人かできました」

「でも付き合っている人がいないと寂しかったんじゃない」

「付き合ってまた捨てられるのが怖くて」

「でも、こうして僕と付き合ってくれている」

「交際を申し込んでいただいた時には随分悩みました。でも、自分に正直になろうと思ってお受けしました。でも一方では、この前もお話しましたが、あきらめているんです。この先を期待してないんです。今を大事にするだけと、そう決めてお受けしたんです」

「だから、いつでも一生懸命なんだ」

「お付き合いを始めてから、毎日が楽しくて、楽しくて、今こうしていることが嬉しくて」

「僕は美沙ちゃんと一緒にいると楽しいし、いつも癒されるから、離したくないと思っている」
「気楽に付き合っていただければそれでいいんです」

「お互いにセカンドラブだから、ファーストラブはうまくいかないけど、セカンドラブは成就するというよ」

「今この時を大切にしてお付き合いしていくだけです」

二人ともお腹が一杯になった。食べきれなかった料理は冷凍保存しておいてお弁当にする。洗い物を片付けてから、二人で潤さんが持ってきてくれたアイスクリームを食べた。

「お布団を敷きましょう。二組あります。時々母が泊まっていきますので」

「僕も手伝うよ」

6畳の部屋だから布団を二組敷くと部屋一面が布団になる。敷かれた布団をみるとなんとなく落ち着かない。

「もう一度シャワーを浴びて来ていいかな」

「どうぞ、私もその後シャワーを浴びます」

潤さんがシャワーを浴びて身づくろいをして戻ってくると、私が浴室へ。シャワーを浴びて、ピンク地に小さな赤い花柄の浴衣に着替えた。髪はアップにした。

部屋に戻ると潤さんは布団に座っている。その横に座るとすぐに抱きしめられて押し倒されてキスされた。嬉しい。

浴衣の袖から白い腕が出て、左手首の大きな切り傷が目立っている。潤さんもそれに気づいたみたいで、私を押さえつけて傷を口で強く吸い始めた。

「そんなにすると痛いです」

「この傷から毒を吸い出してあげる、悪い思い出を吸いだしてあげる。ジッとしていて」

潤さんは私の両手を押さえつけて、傷を吸い続けている。傷口が痛い。嬉しいような悲しいような何とも言えない気持ちになって、私は泣き出してしまった。

「もういいんです。もういいんです。とっても嬉しい。もうすっかり忘れました」

そう言うと、潤さんが力を緩めたので、抱きついた。

私は潤さんに後ろから抱かれて腕の中で寝ているけど、左手首を右手で押さえている。傷がピリピリしていたから。

「もう、忘れたと言ったけど、まだ、傷を気にしているね」

「こんなこと聞いてもいいかな。元彼とはどのくらい付き合っていたの」

「半年ぐらいです」

「それなら、僕たちがコピー室で会ってからと同じくらいじゃないか」

「もう同じくらいになります」

「パソコンを廃棄する時、データを消すソフトがあるけど、どうするか知っている?」

「いいえ」

「元の消したいデータに何回も上書きするんだ、何回も、何回も、何回も」

「どうなるんですか」

「そうすると元のデータを復元できなくなる。僕も美沙ちゃんの悲しい思い出にこれから楽しい思い出を何回も何回も上書きしてあげる。でも、もう半年になるからプライベートで20回は上書きしている。その上、仕事で付き合った日もあるから、50回くらいは上書きしていると思う」

「もう十分に上書きしてもらっています」

「いや、もう少しだと思っている。これからは未知の新しいデータの書込みをいっぱいしてあげるから、もうすぐ完全に元のデータを復元できなくなる」

「嬉しい。お願いします。もっともっと上書きしてください」

私は泣きながら潤さんに抱きついた。

ブログにはこう書き込んだ。

〖彼が私の左手首の傷を吸ってくれた。悪い思い出を吸い出してあげると言って〗

コメント欄
[これまでのすべてを受け入れてくれるいい人だね]
[それで悪い思い出を忘れられるの?]
[手首の傷跡って男の人は結構そそられるのかもしれないね!]
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