地味子のセカンドラブ―私だって幸せになりたい!
「ここに引っ越してから何度も風邪で寝ていたけど、来てくれたのは横山さんが初めてだ。本当にありがとう」
「彼女がいたって前におっしゃっていましたよね。看病に来てくれなかったのですか」
「ああ、風邪だと言うと、うつるといけないから治ってから会いましょうとか言われた」
「そういえば、私の元彼も風邪で寝込んでいた時に見に来てくれなかった。大事な仕事があるからとか言って」
「僕も彼女が風邪で寝込んだと聞いた時、お見舞いに行かなかったけどね」
「彼女は一人暮らしだったのですか?」
「いや、両親と同居していた」
「それなら行く必要がありません」
「まあ、そうだけど」
「本当にお付き合いしていたんですか?」
「彼女の家まで行って両親に紹介されたくらいだから付き合っていたといってもいいんじゃないか」
「そこまで進んでいるのなら、なぜ来てくれないのか私には分からない。私なら泊まり込んででも看病しますけどね」
「横山さんの言うとおりだ。別れた理由もその辺にあったと思っている。本社に来てしばらくしたころ、提携先の会社を打合せで訪問した時に、頼まれて合コンに出ることになった。そこで彼女と知り合った。彼女は有名大学を出ていて美人で良家のお嬢さんと言うか、気立ての良い子だった。僕は一目で彼女が気に入った」
「品質重視でブランド好みの岸辺さんらしいです」
「どういう訳か、彼女も僕のことが気に入ってくれて付き合いが始まった。彼女は3姉妹の末っ子で、姉2人は結婚していた。付き合って3か月くらいで家に招かれて両親に紹介された。奥沢にある大きな一戸建てだった。父親は商社の取締役で、我が家とは雲泥の差。天涯孤独だと言ったら構わないと言われた。結婚したら娘さんとの同居を望んでいたのかもしれない」
「婿養子を考えていたのかもしれませんね」
「僕は彼女を大切にした。デートの場所やレストランにも気を遣った。プレゼントにお金も使った。そして男女の関係にもなった。素敵な娘と付き合うのが嬉しかった。でも段々付き合うのに疲れて来た。気を使うのはいつもこっちで彼女はそういうのに慣れていた。僕の気遣いが当たり前で、確かに病気の看病にも来てくれなかった」
「そこが私には分かりません」
「そんな一方的に気を使う関係がいやになってきて別れを切り出した。彼女は突然の別れ話に驚いて泣いた。彼女には僕が別れたいと言う理由が理解できなかった。彼女は悪くなかった。当たり前に自然に振舞っていただけだった。彼女には本当に悪いことをしたと思っている」
「岸辺さんは悪くない。元々相性が合わなかったのだと思います」
「僕が悪かったんだ。それからは女性との付き合いができなくなった」
「私は今の話を聞いて元彼とは別れてよかったと気が楽になりました」
「彼はきっと悔いていると思うよ」
「岸辺さんは優しすぎる。もう少し我が儘に、自分に正直になった方が良いと思います」
「僕には僕の生き方しかできないから」
「私だったら別れたいと絶対に言わせなかったと思う。こんな良い人に!」
「慰めてくれてありがとう」
岸辺さんはきっと誰にも話したことがない別れた彼女のことを私に話してくれた。なぜだか分からないけど、風邪で寝込んで弱気になっていたのかもしれないし、私だから気に掛けないで話しやすかったのかもしれない。でも岸辺さんは私に話して気が楽になっているように思えた。
私は9時少し前に、明日のお昼にまた様子を見に来ると言って帰ってきた。明日にはもう少し元気になっていてくれるといいのだけど。
土曜日、私がお昼に岸辺さんを訪ねると、熱が37℃まで下がっていた。あと日曜日一日で回復すると思う。すぐに部屋の中をひととおり見て回る。
「お弁当を作ってきました。多めに作ってきましたので、夕食もこれで済ませて下さい」
「ありがとう、お弁当を買いに行かなくてもいいから、助かるよ。そのうち、食事をご馳走するよ」
「気にしないでください。私の看病をしていただいたお礼です。心細かったのでとっても安心で嬉しかったです」
「AV片付けたんですね」
「もう、それを言ってからかわないでくれ。だから片付けた」
「本棚には真面目な本もありますね。『史記』という本がシリーズでありますが、確か中国の歴史の本ですよね」
「そう、先輩から勧められて1巻だけ買ってみたけど、結局7巻まですべて買ってしまった。もう3回くらい繰り返し読んだかな」
「おもしろいですか?」
「紀元前の中国の王朝の栄枯盛衰の歴史だけど、それに絡んだ国王と家臣の信頼、忠義、嫉妬、親子の情愛、男女の憎愛などがリアルに描かれている。昔から人間は全く変わっていないとつくづく思ったし、人間はどう生きるべきかを考えさせられた」
「私も『菜根譚』(さいこんたん)という中国の古い人生訓をまとめた本をネットで見つけて読みましたが役に立っています」
「それなら僕も持っている。本棚にないかな?」
「ありました。読んだのですか?」
「ああ、2回くらい繰り返し読んだかな、でも納得できない箇所がまだ相当にある」
「私は気持ちが落ち込んでいる時に読んだので、随分助けられました。同じ本を読んでいたなんて思いもしませんでした」
「AVばかりを見ている訳じゃないから、本棚はチャンと見てほしいよ!」
「ごめんなさい。岸辺さんのこと見直しました」
それから、作ってきたお弁当を二人で食べた。高熱で汗をかいていたに違いないから着替えをした方が良いと言って、下着などを着替えてもらった。そのあと、岸辺さんはまたひと眠りした。
私はその間に溜まっていた衣類を洗濯してベランダに干してあげた。そして岸辺さんがお昼寝から目覚めるのを待って帰ってきた。
ブログにはこう書き込んだ。
〖カッコいい上司が風邪で2日間休んだからお見舞いに行った。なぜだか、別れた彼女のことを話してくれた〗
コメント欄
[きっと助かったと感謝していると思うよ。元カノの話をしてくれたのは気を許している証拠]
[あなたのこと何とも思っていないから、話しただけじゃない]
[風邪で気弱になっていたから、誰かに聞いてもらいたかっただけ]
日曜日の朝に電話した。岸辺さんはもう熱が下がったといっていたので安心した。だからその日は訪問しなかった。これ以上は業務の一環ではなくなると思ったから遠慮した。
「彼女がいたって前におっしゃっていましたよね。看病に来てくれなかったのですか」
「ああ、風邪だと言うと、うつるといけないから治ってから会いましょうとか言われた」
「そういえば、私の元彼も風邪で寝込んでいた時に見に来てくれなかった。大事な仕事があるからとか言って」
「僕も彼女が風邪で寝込んだと聞いた時、お見舞いに行かなかったけどね」
「彼女は一人暮らしだったのですか?」
「いや、両親と同居していた」
「それなら行く必要がありません」
「まあ、そうだけど」
「本当にお付き合いしていたんですか?」
「彼女の家まで行って両親に紹介されたくらいだから付き合っていたといってもいいんじゃないか」
「そこまで進んでいるのなら、なぜ来てくれないのか私には分からない。私なら泊まり込んででも看病しますけどね」
「横山さんの言うとおりだ。別れた理由もその辺にあったと思っている。本社に来てしばらくしたころ、提携先の会社を打合せで訪問した時に、頼まれて合コンに出ることになった。そこで彼女と知り合った。彼女は有名大学を出ていて美人で良家のお嬢さんと言うか、気立ての良い子だった。僕は一目で彼女が気に入った」
「品質重視でブランド好みの岸辺さんらしいです」
「どういう訳か、彼女も僕のことが気に入ってくれて付き合いが始まった。彼女は3姉妹の末っ子で、姉2人は結婚していた。付き合って3か月くらいで家に招かれて両親に紹介された。奥沢にある大きな一戸建てだった。父親は商社の取締役で、我が家とは雲泥の差。天涯孤独だと言ったら構わないと言われた。結婚したら娘さんとの同居を望んでいたのかもしれない」
「婿養子を考えていたのかもしれませんね」
「僕は彼女を大切にした。デートの場所やレストランにも気を遣った。プレゼントにお金も使った。そして男女の関係にもなった。素敵な娘と付き合うのが嬉しかった。でも段々付き合うのに疲れて来た。気を使うのはいつもこっちで彼女はそういうのに慣れていた。僕の気遣いが当たり前で、確かに病気の看病にも来てくれなかった」
「そこが私には分かりません」
「そんな一方的に気を使う関係がいやになってきて別れを切り出した。彼女は突然の別れ話に驚いて泣いた。彼女には僕が別れたいと言う理由が理解できなかった。彼女は悪くなかった。当たり前に自然に振舞っていただけだった。彼女には本当に悪いことをしたと思っている」
「岸辺さんは悪くない。元々相性が合わなかったのだと思います」
「僕が悪かったんだ。それからは女性との付き合いができなくなった」
「私は今の話を聞いて元彼とは別れてよかったと気が楽になりました」
「彼はきっと悔いていると思うよ」
「岸辺さんは優しすぎる。もう少し我が儘に、自分に正直になった方が良いと思います」
「僕には僕の生き方しかできないから」
「私だったら別れたいと絶対に言わせなかったと思う。こんな良い人に!」
「慰めてくれてありがとう」
岸辺さんはきっと誰にも話したことがない別れた彼女のことを私に話してくれた。なぜだか分からないけど、風邪で寝込んで弱気になっていたのかもしれないし、私だから気に掛けないで話しやすかったのかもしれない。でも岸辺さんは私に話して気が楽になっているように思えた。
私は9時少し前に、明日のお昼にまた様子を見に来ると言って帰ってきた。明日にはもう少し元気になっていてくれるといいのだけど。
土曜日、私がお昼に岸辺さんを訪ねると、熱が37℃まで下がっていた。あと日曜日一日で回復すると思う。すぐに部屋の中をひととおり見て回る。
「お弁当を作ってきました。多めに作ってきましたので、夕食もこれで済ませて下さい」
「ありがとう、お弁当を買いに行かなくてもいいから、助かるよ。そのうち、食事をご馳走するよ」
「気にしないでください。私の看病をしていただいたお礼です。心細かったのでとっても安心で嬉しかったです」
「AV片付けたんですね」
「もう、それを言ってからかわないでくれ。だから片付けた」
「本棚には真面目な本もありますね。『史記』という本がシリーズでありますが、確か中国の歴史の本ですよね」
「そう、先輩から勧められて1巻だけ買ってみたけど、結局7巻まですべて買ってしまった。もう3回くらい繰り返し読んだかな」
「おもしろいですか?」
「紀元前の中国の王朝の栄枯盛衰の歴史だけど、それに絡んだ国王と家臣の信頼、忠義、嫉妬、親子の情愛、男女の憎愛などがリアルに描かれている。昔から人間は全く変わっていないとつくづく思ったし、人間はどう生きるべきかを考えさせられた」
「私も『菜根譚』(さいこんたん)という中国の古い人生訓をまとめた本をネットで見つけて読みましたが役に立っています」
「それなら僕も持っている。本棚にないかな?」
「ありました。読んだのですか?」
「ああ、2回くらい繰り返し読んだかな、でも納得できない箇所がまだ相当にある」
「私は気持ちが落ち込んでいる時に読んだので、随分助けられました。同じ本を読んでいたなんて思いもしませんでした」
「AVばかりを見ている訳じゃないから、本棚はチャンと見てほしいよ!」
「ごめんなさい。岸辺さんのこと見直しました」
それから、作ってきたお弁当を二人で食べた。高熱で汗をかいていたに違いないから着替えをした方が良いと言って、下着などを着替えてもらった。そのあと、岸辺さんはまたひと眠りした。
私はその間に溜まっていた衣類を洗濯してベランダに干してあげた。そして岸辺さんがお昼寝から目覚めるのを待って帰ってきた。
ブログにはこう書き込んだ。
〖カッコいい上司が風邪で2日間休んだからお見舞いに行った。なぜだか、別れた彼女のことを話してくれた〗
コメント欄
[きっと助かったと感謝していると思うよ。元カノの話をしてくれたのは気を許している証拠]
[あなたのこと何とも思っていないから、話しただけじゃない]
[風邪で気弱になっていたから、誰かに聞いてもらいたかっただけ]
日曜日の朝に電話した。岸辺さんはもう熱が下がったといっていたので安心した。だからその日は訪問しなかった。これ以上は業務の一環ではなくなると思ったから遠慮した。