大江戸シンデレラ
舞ひつるにとっても、この日の廓は猫の手も借りたいくらいの大賑わいで、きっと今年も朝からてんてこ舞いになるであろう。
ゆえに、ようやく廓の客が妓の布団の中で寝静まる頃、どうにかこっそりと見世を抜け出すことができれば御の字だ。
舞ひつるが、伏し目がちになって返事を云い淀んでいると、
「たとえ一晩中であろうと、御堂の中で待っておるゆえ……来てはもらえぬか」
兵馬は舞ひつるの両肩を掴んで、なおも云う。
「そしてその折に、そなたに一つ頼みがある」
——若さまが、わっちに『頼み』かえ。
舞ひつるは伏していた目を上げる。
たちまち、兵馬の鋭い目に捕らえられる。
「如何であろうと、そなたを……
見世が名付けた源氏名では呼びとうないのだ。
しからば、そなたの親が名付けた真の名を、
……某に教えてはもらえぬだろうか」
——わっちの……『真の名』を……
そういえば、兵馬は『おめぇ』や『おめぇさん』とは呼んでいたが、一度も「舞ひつる」と呼んだことがなかった。
すると、兵馬が急に、にやり、と笑った。
怖いもの知らずで、文字どおり「向かう処、敵なし」の不敵な笑顔だ。
「もちろん……そなたの真名だけを、名乗らせるわけにはいくまい」
先日、舞ひつるが、
『さすれば……若さまも、我が身の真名を、わっちにお名乗りなんしかえ』
と申したことを踏まえているのだ。