大江戸シンデレラ
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「舞ひつる(ねえ)さん、今年の(にわか)の出し物は、なにをお考えでなんしかえ」

禿(かむろ)の羽おりが尋ねてきた。

「俄」とは、年中行事に事欠かない吉原にあって、春の仲之町の桜並木(弥生の終わり、植木職人たちに移植された桜の木によって、仲之町の大通りが一夜にして桜並木に様変わりする)や梅雨明けの玉菊灯籠(享保年間、もうすぐ年季奉公が明ける二十五の若さで夭折した名妓・玉菊を悼んで、水無月の晦日(みそか)と文月の中日(なかび)に、各見世の前に灯籠を出して(まつ)る)と並んで、三本の指に数えられるほどの風物詩だ。

仲之町の大通りに即席(にわか)の屋台(舞台)が(こしら)えられ、遊女・女郎・芸者そして太鼓持ちの幇間(ほうかん)たちが身を変装(やつ)して歌舞伎役者よろしく芝居したり舞ったりする姿を、見物客に見せるのだ。

いろんな見世に身を置く者たちが取っ替え引っ替え登場するため、陰暦葉月の朔日(ついたち)に始まり大川の川()まいまで、およそ一月の間続く。

「昨年、羽衣姐さんと舞ひつる姐さんと玉ノ緒姐さんが舞いなんした『道行戀苧環(みちゆきこひのおだまき)』を、わっちは今でも忘れられのうなんし」

もう一人の禿である羽おとが、うっとりと云う。


昨年、久喜萬字屋はお抱えの(おんな)たちに、浄瑠璃や歌舞伎の演目にある「妹背山婦女庭訓」の一場面を舞わせた。

その筋書きは……

三輪(みわ)は大和国の造り酒屋の娘。
先達(せんだっ)て隣に越してきた烏帽子折(えぼしおり)の美男子・求女(もとめ)に一目惚れをする。
お三輪は七夕飾りに赤い糸と白い糸の苧環(おだまき)(糸巻き)を供えて、毎日恋愛成就のために拝んでいたが、ある日求女に高貴な姫君が訪ねてきた。
しかも、求女が姫君を追って駆け出して行ったゆえに、お三輪もまたそのあとを追ってゆく。
その後二人に追いついたお三輪は、嫉妬のあまり姫君と激しく争ってしまう。
暗い山道を逃げるように去って行く姫君。
その袖に、求女が咄嗟(とっさ)に苧環の白い糸の端を付けて目印にする。すると、お三輪の方も求女に赤い糸をつけて目印にする。
そして、其々(それぞれ)がその糸を頼りに暗い山道を追いかけてゆく……

舞ひつるが「お三輪」、羽衣が「求女」そして「姫君」を玉ノ緒が扮して舞った。

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