大江戸シンデレラ
「あたしもさ、急な話でおまえさんには申し訳ないとは思ってんだよ。
だけどさ……宵闇に紛れて吉原を出るにゃ、今夜が一番都合が良いんだよ」
廓内は流石に寝静まっているが、夜空に花火が打ち上げられ、川岸に料理茶屋から出された納涼船がずらりと浮かぶ「川開き」の初日は、老いも若きも、お武家も町家も百姓も、身を変装してそぞろ歩く「お祭り」だ。
そのため、いつもは刻がくれば情け容赦なく閉めてしまう木戸番も、本日は「無礼講」とばかり思うままに出入りさせていた。
よって、夜更けであろうとまるで昼間のごとく江戸じゅうを縦横無尽に動けるのだ。
「お内儀さん、後生でなんし。
せめて、あと半刻……いえ、四半刻でも……」
ようやく声を取り戻した舞ひつるは、身を投げ出すように畳に額を擦りつけ、伏して嘆願した。
「そりゃあ……おまえさんが今までに世話になった者たちに、最後に一言挨拶したい心持ちは判るけどね……」
舞ひつるのさような姿に、気丈なお内儀もつい本来のおつたの顔が出てしまい、困り果てた末の苦り切った顔になる。
「先達ても云ったっけどさ……
あちらさんとの取り決めで、あたしらはなにもかも口止めされてんだよ……」
舞ひつるは、子ども屋から引き取って以来、我が子と同じように育ててきたおなごだ。
久喜萬字屋の呼出だった、母親の胡蝶も知っている。
おつたとて、こないに早う舞ひつるを手放す日が来るなど思わなかった。
「舞ひつる……どうか堪忍しとくれ」
おつたは、舞ひつるに手を合わせた。