大江戸シンデレラ
「姐さん、おいらたちゃ此処までだ。
こっから先ゃ……あすこの舟に乗ってくんな」
年嵩の方の駕籠舁きが顎をしゃくって差し示した先には、船頭が一人乗った小舟が浮かんでいた。猪牙舟だ。
舟の舳先が猪の牙に似ていることからさように呼ばれている猪牙舟は、小回りが利く上に足が速いため、堀を進むにはもってこいの小舟である。
これからこの猪牙舟で山谷堀を出たあと、大川(隅田川)に入ると云う寸法であろう。
舞ひつるは此処まで世話になった駕籠舁きたちに頭を下げると、袂の中をまさぐって巾着を出した。心付けを渡そうと思ったからだ。
ところが……
「お代はお内儀さんにもらってっから、そいつぁ懐にしめぇな」
年嵩の駕籠舁きはさように云うと、
「お内儀から、おめぇさんに渡してくれって頼まれたのよ」
逆に、ずしりと重い大きめの巾着を手渡された。
紐を解いて中を検めると、さらに三つの袋に小分けされていて、一つを開くと二分金を頭に一分金・二分銀・一分銀が見えた。
さらに、二つめの袋には二朱金・一朱金・二朱銀・一朱銀、そして最後の袋には日々の暮らしの中で使い勝手の良い一文銭・四文銭などの銭がびっしりと詰められていた。
お内儀からの、せめてもの餞であった。
今まで見世のために精進してくれた、舞ひつるへの「礼」でもある。
これから向かう先がどんな処かはわからないが、銭を持っていて困るということはないだろう。
舞ひつるはありがたく受け取った。
「おいらたちゃ、確かにおめぇさんに渡したっからな。お内儀を怒らせて廓に睨まれちゃ、これから先おまんまの喰い上げになっちまうからよ」
かような大金をお内儀から持たされて舞ひつるの「夜逃げ」に加担するだけあって、この駕籠舁きたちはちゃんと心得ていた。
舞ひつるは再び、されども先刻よりもずっと深く頭を下げる。
そして、ずしりと重い巾着を胸に抱いて、船頭の待つ猪牙舟へと向かった。