大江戸シンデレラ
「また、老中首座様のお取り計らいで、御公儀挙げての『質素・倹約』に励まねばならぬ折、そなたはなんとまぁ派手な身形をしておるのか。
諸藩の下屋敷は、よほど箍が外れていると見えるな。
……呆れてものも云えぬわ」
女は黄八丈の着物を見て、吐き捨てるように云った。
舞ひつるはおのれの着物を見た。
昨夜はあまりの疲れに、ついそのまま横になってしまったゆえ、黄八丈には処々に皺が寄っていた。
品川沖より舟で出て、何日もかけて向かわねば辿り着けぬと云う離れ島・八丈島に住むおなごたちが織りなす黄八丈は、贅沢な絹地のため庶民にはなかなか手の出ない代物で、舞ひつるにとっても普段着とはいえ「一張羅」であった。
久喜萬字屋のお内儀から、
『粗末な着物を普段着にするとさ、日頃の所作が乱れちまって、それが御座敷のときにも出るんだよ』
と云われ、与えられていたものだった。
確かに、男女問わず灰地や紺地を着ることの多い江戸の者にとって、黄地に黒の格子柄の黄八丈は目を引く。
目の前の武家と思われる女は、男が着るような燻んで暗い消炭色の木綿の着物であった。
うっすらと入った柄は、目を凝らさねばならぬほど小さい。
だが、今の舞ひつるにとっては着ているものをなんと云われようとも、どうでもよかった。
——もしかして、わっちは今まで『諸藩の下屋敷』にいたことになっているのかえ。
諸藩を束ねる藩主(大名)は、一年ごとに江戸と領地を往復する定め(参勤交代)となっているため、江戸に藩邸を設けねばならない。
藩主は千代田の城(江戸城)近くの上屋敷に滞在し、国許(領地)から付き従って江戸に赴任した家来たちは、御用も兼ねて城下より少し離れた下屋敷に住むことになっていた。
訳もわからず、ただいきなり見知らぬ土地に放り込まれた身としては、とにかく女の言葉から置かれている「身の上」を察するしかなく、そちらの方に気を取られた。
文字どおり——「命懸け」なのだ。
「なにを呆けておる。さっさとその派手な着物を脱がぬか」