大江戸シンデレラ
「……おさと」
女が名を呼ぶと、部屋の外から「へぇ」と返事があり、違う女が姿を現した。
だが、縁側の廊下に正座して、部屋の中へは入ってこない。
昨夜、舞ひつるをこの部屋に案内した女中のようだった。
「はい」ではなく『へぇ』と返事したことから、町家の娘であろう。
「襦袢を支度して、髪結いを呼んでおくれ」
女は、おさとと呼んだ女中に、振り向きもせず命じた。
おさとは無言で頭を深く下げると、立ち上がって戻って行った。
「襦袢が来たら、この絣とともに召し替えれ」
女からさように告げられ差し出されたのは、紺絣の着物であった。
やはり、目を凝らして見ねばならぬほど、白く染め抜かれた柄は小さい。
舞ひつるは紺絣を受け取った。
吉原では下働きですら着そうにない、地味なものであった。
「しからば、こちらは当方にて預かるゆえ」
脱いだ黄八丈は、早速取り上げられた。
このあとどうするのかは知らぬが、損料屋などに売りに出せば、かなりの値になる絹地だ。
それでなくとも異国との交易が限られているのだ。物資の乏しいこの国では江戸の庶民はよほどの豪商でもないかぎり、古着を買うのがあたりまえで、新品の反物から誂えることはない。
店先に出されたら、瞬く間に売れるであろう。
「それから、髪結いが参ずれば、その阿婆擦れのごとき髪を、武家の女子らしゅう結い直してもらうがゆえ」
町家の者がよく結う島田髷ではあるが、廓の妓 がよくしている鬢の左右を大きく膨らませているのが、気に入らぬようだ。
舞ひつるは為す術もなく、こくり、と肯いた。