大江戸シンデレラ

樹木に目隠しされた御堂(みどう)周囲(ぐるり)は、路地裏どころか人気(ひとけ)のほとんどない、吉原の(はじ)の端である。

——声をあげたとて、果たして気のつく者がいるかどうか……

(くるわ)では、たとえ御大名や豪商であっても振袖新造(ふりしん)に手を出すのは御法度だ。
初見世では不老不死の「縁起物」である振新の「初物」を散らせるからこそ、御大尽が大枚を叩くのである。

ゆえに、振新は必ず「生娘」でなくてはならぬ。

もし、その前に生娘でなくなってしまったら、あとに続く女子(おなご)たちへの見せしめのためにも、即刻一階の廻し部屋が「初見世」となり、呼出への道もすっぱりと絶たれてしまう。

物心ついて以来、歌舞音曲はもちろん和漢書に狂歌に川柳と、厳しいお師匠(っしょ)さんの下で精進してきた日々が、海の藻屑のごとく無駄になる。


今まで御堂へ通うのに、見世の男衆もつけずについ「一人歩き」をしていたおのれを、舞ひつるは激しく悔いた。

——お内儀(っか)さんからはあないに『一人で行くな』と云われなんしたのに……

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