大江戸シンデレラ

「御公儀より、旦那様が賜った大切な禄で手に入れた布だというのに……
危うく、そなたのごとき無骨者に台無しにされる(ところ)でござったわ」

塵芥(ちりあくた)でも見るかのような目を美鶴に向けながら、多喜は二本の木綿地を拾い上げた。

「……この役立たずめがっ」


改めて、美鶴は板の間の床に深く伏した。

「申し訳ありませぬ……申し訳ありませぬ……」

この言葉以外、詫びる文言(もんごん)は知らない。
ひたすら、謝り続けるしかない。


多喜は、夜叉もかくあらんやと云う目でその姿を一瞥し、すぐに縁側の方へ顔を逸らした。

無言のままであった。

ものを云う価値すらない、という胸の内なのであろう。

そして、暗い消炭(けしずみ)色の木綿の着物の裾を翻し、縁側に出た。

真っ白な足袋(たび)がちらりと見える。
足袋を履くのは、武家の(あかし)であった。

一応、諸藩の下屋敷育ちということになっている所為(せい)か、美鶴にも白足袋が与えられている。
武家として、重んじなければならぬ体面だけは整えられていた。

だが、町家も百姓も、庶民は(おおむ)ね素足である。
(くるわ)に至っては、真冬であってもなにも履かない。
美鶴も「舞ひつる」だった時分は、年中素足であった。


結局、一言も声をかけることなく、多喜が立ち去って行く。

後ろに控えていたおさと(・・・)が、あわててそのあとを追う。おさとは素足だった。

二人の姿が廊下の先へ消えていくまで、美鶴は(こうべ)を垂れ続けた。

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