大江戸シンデレラ

顔に当たって床に落ちた雑巾を、美鶴は拾う。

「……まだまだ力及ばず、でなんしたか」

手にした雑巾を見ながら、ぽつりと呟くと、縫い目を(ほど)くために玉結びを断つべく、握り(ばさみ)を手にとった。


吉原で働く者たちを「人間(ひと)」と思わぬ客は、それこそ山ほど見てきた。
(狼藉を働く客は見世の男衆たちから瀕死の目に遭わされたのち、出入り禁止となっていたが)

これしきの仕打ち、物の数にも入らぬと思わなくては、これから先やっていけない。


それに……

——初めて舞を習った、あのお師匠(っしょ)さんに較べれば……

同じ芸妓上がりでも、三味線の師である染丸など、かわいいものだった。

幼き頃に師事した今は亡き舞の師匠は、とてつもなく(いかめ)しい老女であった。

美鶴がほんの少しでも舞の振りを間違えようものなら、手どころか物差しまでもがぴしゃりと飛んできた。

『あたしゃ、子ども相手に御託を並べるほど、暇じゃねえってんだよ。
早いとこ身体(からだ)で覚えちまいな』

お師匠の口癖であった言葉が溢れ出てきた。


されども……

教え方はともかく、「舞ひ(まい)つる」が若くして「舞の名手」と吉原でもてはやされたのは、この尋常なく厳しかった師匠によって、きっちりと舞の「(かた)」を身体に叩き込まれたゆえであるのは否めない。


美鶴は唇を、ぐっ、と噛み締めた。

どんなにつらいことがあろうとも、心の支えはやはり——

「吉原の(おんな)」であったという「矜持」だった。

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