大江戸シンデレラ

(おもて)を上げて、中に入れ」

声の主が云うままに、美鶴は顔を上げた。
そして、膝を進めて座敷の中へ入る。

座敷の奥には、懐手をした壮年の男が座していた。

家中(かちゅう)ゆえ寛いだ(つむぎ)の着流しであるが、左右の(びん)は町家の者のように膨らませずにすっきりと持ち上げられおり、(まげ)は細い上に高く結われた本多髷だ。

——このお方が、「主人(あるじ)」でなんしかえ。

ということは、多喜の夫である。

スッと鼻筋の通ったその面立(おもだ)ちは、のっぺりとして見る者に何の印象も持たせない多喜のそれとはまったく異なり、たとえお世辞であったとしてもとても「似合いの夫婦」とは云えなかった。


主人が切れ長の鋭い目で、まるで射抜くかの如く美鶴を見た。

その刹那、決して(ひる)むまい、と美鶴は腹にぐっと力を入れた。


「おまえが……美鶴か」

男のちょっと薄めの唇が開いて、そう問われる。

「さようでござりまする」

美鶴は、いっさい躊躇(ためら)うことなく答えた。

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