大江戸シンデレラ

ふっ、と引き込まれるかのように兵馬のことを思い出してしまった。

あの頃の美鶴は「武家のおなご」ではなかったのだから、あたりまえのことではあるが……

武家の言葉にも慣れてはきたとは云え、それでもまだ口から発する前に一度頭の中で考えてからでないと、いつ(さと)言葉が飛び出してしまうかわからない。

気の休まることがないのは、相変わらずだ。
それは、嫁入ってからもずっと続くのだ。

ゆえに、相手がお武家であろうと何の気負いもなく廓言葉で話せたあの頃が、今にしてみれば珠玉のように尊い。


最後に逢ったあの日……

兵馬は、吉原での御役目を終えたあとは、いよいよ奉行所内での御役目に入ると云っていた。

『しからば、そなたと相見(あいまみ)えることは……
……もう、二度とあるまい』

だから、「舞ひ(まい)つる」だった美鶴に、兵馬はそう告げた。

そして此度(こたび)、広次郎と夫婦(めおと)にならねばならぬ美鶴に、再びあのような日が来ることは……

『もう、二度とあるまい』。


——若さまは今……如何(いか)でお過ごしにありんしょう。ご息災でなんしか。

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