大江戸シンデレラ

いきなりのことに、身も心もついていかない。

確かに、島村 勘解由(かげゆ)からは、上條 広次郎(ひろじろう)夫婦(めおと)になる定めであると云うことは聞いていた。

だが、まさかかように急に祝言の日が来るとは思わなかった。

——せめて、前もって知らせてくれなんしたら、心の支度もできようものを……

美鶴の顔は暗く曇り、伏し目がちになる。


そのとき、いつの間にか背後で美鶴の髪に触れていた女が、(まげ)を形作るために結ばれていた元結(もっとい)を、ぱちん、と手鋏で切り落とした。

とたんに、ばさり、と艶やかな黒髪が降ってくる。

今まで低めに結われていた島田髷を、髪結いがこれから花嫁御寮の文金高島田にするためだった。


「白粉が沁みちまいやすんで、お目を閉じてくだせぇ」

化粧師なのであろう年嵩の女が、美鶴の首筋に刷毛を滑らせながら云う。

「結いづらいんで、お顔は伏せずに上げておいておくんなせぇ」

新しい元結を口に咥えた髪結いの女が、早速髪を束ねつつ云う。

美鶴の着物を脱がした女たちは、髪と化粧が終われば……と、帯や紐を畳の間に広げつつ、そのあとの段取りを話し合っている。


所詮、美鶴には……

心のうちで、なにをどう思おうとも……

抗える道理なぞ—— 何処(どこ)にも(ゆる)されていないのだ。

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